ロシアのウクライナ侵攻を契機に、北大西洋条約機構(NATO)は劇的に強化された。バイデン米大統領の日韓歴訪は、アジアでも中国包囲網を強めたい米国の思惑を浮き彫りにした。果たして3カ国のうち、どの国が一番成果を得たのだろうか。(牧野愛博)

バイデン氏が最初に訪れたのは韓国(20〜22日)だった。21日にオーストラリア総選挙があり、日米豪印による安全保障対話(QUAD)を24日に開くことになった影響もあったが、米国には韓国で保守政権が5年ぶりに誕生した好機を逃したくない思惑もあった。韓国政府高官は「韓国を最初に訪れたのは、中国にメッセージを送りたい事情もあったのだろう」と語る。

バイデン氏は歴代米大統領の韓国を訪れる際の恒例行事となっていた南北非武装地帯(DMZ)訪問はせず、サムスン電子の半導体工場視察を選んだ。韓国軍元将校は「米大統領のDMZ訪問こそ、韓米同盟を北朝鮮に誇示する最高のツールだったのに」と驚いた。

これこそ、米韓首脳共同声明がうたった「グローバルで包括的な戦略同盟」の狙いだった。同高官はバイデン氏の半導体工場訪問について「中国に半導体を渡さないという米国の決意の表れだった」と語る。米韓は半導体や重要鉱物を含む物資の安定供給網を築くための閣僚級対話を定期的に開くことで合意した。

フェンスの向こう側はDMZ(非武装地帯)。警備は厳重だ=神谷毅撮影

別の韓国軍元将校によれば、ホワイトハウスのキャンベル・インド太平洋調整官は昨秋、ワシントンを訪れた元将校らに「米韓同盟の適用範囲をインド太平洋に広げたい」と語っていたという。米韓首脳共同声明には「中国」という言葉は入らなかったが、東シナ海や南シナ海での問題、「台湾海峡の平和と安定」といった文句がずらりと並んだ。

逆に米韓首脳共同声明は、韓国の尹錫悦政権が主張する「北朝鮮の非核化」ではなく、2018年6月の米朝首脳共同声明で使われた「朝鮮半島の非核化」という表現を採用した。中国問題に集中するため、米朝対話の余地を残した格好になった。

バイデン氏は訪韓中、北朝鮮に融和的だった文在寅前大統領との会談にも意欲を示していた。韓国政府内では「礼儀知らずな行為」という反発の声が浮上。韓国側が米国に「尹大統領が訪米する際、トランプ前大統領に会おうとしたら、バイデン政権は歓迎するのか」と反論する騒ぎになった。バイデン氏は文氏との対面はあきらめたが、21日に電話で10分程度の短い会話を交わしたという。

尹錫悦政権のブレーンの1人は「文氏は最後まで4割以上の高い支持率を誇った。バイデン政権としては、保守にばかり肩入れして、韓国内が不安定化することを避けたかったのではないか」と語る。

バイデン政権の都合ばかりが目立った韓国訪問だったが、5月10日に発足したばかりの尹錫悦政権も公約だった「米韓同盟の再強化」を達成するため、米側の要求をほぼ受け入れた。米国が繰り返し求めてきた日米韓協力についても共同声明で言及した。

韓国の尹錫悦大統領韓国の尹錫悦大統領=光州、稲田清英撮影

唯一、バイデン政権が最初から配慮を示したのが、核の傘を含む拡大抑止力の提供を巡る表現だった。共同声明は「バイデン大統領は核兵器、通常兵器、ミサイル防衛を含むあらゆる防衛能力を使い、韓国に拡大抑止を提供すると確認した」とし、「核兵器」という言葉を初めて明示した。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は最近、戦術核兵器の開発や核の先制使用の可能性に繰り返し、言及している。韓国では21年の世論調査で、核武装に賛成する人が6割を超え、米軍戦術核の韓国再配備を求める声も強くなっている。

米韓は昨年12月、朝鮮半島有事の際の米韓共同作戦計画を見直すことを決めた。韓国軍元将校の1人は「作戦計画には、北朝鮮による核攻撃への対応も含まれるだろう」と語る。米国は過去、日韓両国などに対し、核兵器を使用する条件や種類、目標などについて一切、説明を拒んできた。この元将校は「共同作戦計画作りを通し、米国の核使用プロセスに一部関与できるよう、全力を尽くすべきだ」と語る。

米国が自ら拡大抑止力の提供を改めて強調した背景には、日韓で核武装や「核の共有」を求める世論が広がることを抑えたい狙いがあったとみられる。

一方、23日に発表された日米首脳共同声明は「両首脳は、米国の拡大抑止が信頼でき、強靱なものであり続けることを確保することの決定的な重要性を確認した」という表現になった。

自民党関係者らによれば、広島県選出の国会議員でもある岸田文雄首相は、安倍晋三元首相らが求める「核の共有」を巡る議論について政府で行わない考えを示してきた。政府が年末に予定する国家安全保障戦略の改定でも、非核三原則を巡る議論には踏み込まない見通しだ。

「アジアでの核ドミノ現象」を恐れる米国にとり、日本は韓国より安心できる相手だ。逆に日米首脳共同声明では「『核兵器のない世界』に向けて協働する意思を改めて確認した」という文言も盛り込まれた。

国家安全保障戦略の改定では①軍事だけではなく、経済や技術なども含む総合的な安全保障対策、②防衛費の増額、③専守防衛を守りつつ、反撃能力の保有などの検討――などが盛り込まれる見通しだ。日米首脳共同声明では、岸田首相が「国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する決意」「防衛費の相当な増額を確保する決意」を示し、バイデン大統領が強く支持した、とうたった。今回の日米会談が、国家安保戦略改定に向け、米国の支持を得る場だったと言える。

インド太平洋経済枠組みの発足会合に臨むバイデン米大統領、岸田文雄首相、インドのモディ首相ら各国首脳インド太平洋経済枠組み(IPEF)の発足会合に臨むバイデン米大統領、岸田文雄首相、インドのモディ首相ら各国首脳=2022年5月23日、東京都港区、代表撮影

また、バイデン大統領は岸田首相と尹大統領に、米国が主導する「インド太平洋経済の新たな枠組み(IPEF)」の参加を求め、支持を得た。米韓関係筋によれば、IPEFは関税の引き下げなどは行わず、中国やロシアなどを排除した経済網作りに集中するという。

また、韓国政府内には、IPEFが事実上のQUAD拡大版(QUADプラス)になるとの見方が浮上している。

QUADに参加するインドが、ウクライナに侵攻したロシアを非難する国連総会決議で棄権するなど、ほころびが見えているからだという。米国はIPEFに参加できない台湾とも別途、新たな経済の枠組みを構築するとみられる。韓国政府関係者は「米国が純粋に経済だけを考えているなら、CPTPP(アジア太平洋地域における経済連携協定)への復帰を目指すべきだろう」と語る。

防衛省防衛研究所の高橋杉雄防衛政策研究室長は「バイデン政権は米議会との関係でCPTPPに復帰したくてもできない。IPEFの実体はまだよくわからないが、対中政策として可能な手を次々に打っているという印象だ」と指摘する。同時に「東アジアでここ数カ月で起きた最大の変化は韓国の政権交代だった。韓国が対中包囲網につながると理解したうえでIPEFに参加したのであれば、大きな変化だ。日米韓協力にも良い影響があるだろう」と語る。

防衛研究所の高橋杉雄防衛政策研究室長=牧野愛博撮影

ブリンケン米国務長官は5月26日、対中国戦略について演説した。中国の台頭に強い警戒感を示し、日韓などと協力して対抗していく考えを強調。同時に「外交を再びアメリカの対外政策の中心に置く」とも述べた。

高橋室長は「ブリンケン氏は『外交の目的は、同盟国との協力の強化など、中国の競争を有利に進めることができるような戦略環境を構築することだ』と明言している。日本の一部で語られがちな、『外交によって中国と折り合いをつける』という意味ではない」と指摘する。そのうえで「日米韓の協力強化を目指す米国の意図も、北朝鮮抑止にとどまるものではないだろう」と語った。

バイデン大統領の日韓歴訪は、結果的に3カ国の政権すべてに利益をもたらす結果になったと言えそうだ。