美ら島の国境なき科学者たち

質の高い論文の割合で東京大を超え、世界9位となった沖縄科学技術大学院大学(OIST)。そこに集う世界各国の科学者たちは異能の人ばかり。そんな彼らを紹介するコラム「美ら島の国境なき科学者たち」は随時掲載します。

6月15日の朝、連日大雨の梅雨空だった沖縄で、久しぶりに晴れ間がのぞきました。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)に勤める永井あゆみさんは、保育園に子どもを預けた後、「もしかして」と、オフィスに向かう前に、ある場所に向かいました。

そこには、青空の下、チラホラと花が咲き始めた元気なヒマワリの姿がありました。

OISTのSunflowers for Peaceボランティアメンバーが種から育てたヒマワリ。ヒマワリはウクライナの象徴として知られている=OIST提供

ヒマワリ畑は、OISTのキャンパス敷地内の一角にあります。基礎科学を中心とする研究教育機関であるOIST。永井さんはヒマワリを研究している研究者なのでしょうか。

いいえ、そうではありません。

永井さんは、OISTの事務スタッフです。人事の専門家として外資系企業などで人材育成や採用を担当してきた永井さんは今、OISTで研究者や職員、学生のキャリア支援や、大学全体のインクルーシブな文化の強化につながる教育コースの開発などに取り組んでいます。

このヒマワリは、永井さんが発起人となったボランティアグループが種を植え、交代でその成長を世話していたもの。雨が続いていて畑の水やりを休んでいたため、この日、初めて花が咲いているのを見つけたのでした。

OISTのSunflowers for Peaceボランティアメンバーが世話した畑で咲き誇ったヒマワリ=OIST提供

きっかけは、ロシアによるウクライナ侵攻でした。

永井さんは、オフィスでウクライナ人のオクサナ・ブルドゥジャンさんと机を並べて働いています。
ウクライナの情勢は日に日に悪化していきました。
「オクサナさんが、故郷の家族を心配しながら、でも、ただ悲観するだけでなく、何かできないかと必死に世間への働きかけをしようとしている姿を見て、自分にも何かできないか、と思っていました」と永井さん。

オクサナさんはあるとき、平和を訴えるために、地元メディアのインタビューに答えました。そんな同僚の勇気ある姿を見て、永井さんは、「まずは寄付をしました。でもそれは、自分にとっては半分も慰めにならなかったんです。実際のところ、自分には何もできない、という負い目を感じていました」。

そんなとき、新聞に載ったオクサナさんのインタビュー記事を見たOIST職員のお子さんが、ヒマワリの絵を描いて、「早く戦争が終わりますように」というメッセージとともにオクサナさんに送ってきたのです。

それを見たオクサナさんは、うれしくて泣いてしまったそう。そして永井さんにこう言ったそうです。

「悲しいことにフォーカスするのでなく、こうやってみんなが支え合うことの大切さを広げたい」

この時、永井さんはヒマワリがウクライナの国花だということを初めて知りました。

そして、それから数日たった3月5日(サンゴの日)に、OISTのある恩納村(おんなそん)で、赤土が海へ流出してしまうことを防ぐサンゴ保護のための植樹活動に参加しました。そこで、参加者にお土産として偶然、ヒマワリの種が配られたのです。

永井さんは、ひらめきました。

「このヒマワリの種を、OISTのキャンパスに植えて、オクサナさんやその家族へのサポートの気持ちを表せないか」

同僚の一人にそれを伝えたところ「すごくいいアイデア」という反応をもらえ、さらにOISTには他にも複数のウクライナ人スタッフが働いていることを教えてもらいました。

そこから永井さんの考えは発展していきます。

「OISTのスタッフや学生、みんなを巻き込んで、コミュニティーの皆が一つとなって平和を願い、傷ついた人たちを癒やせるような活動を始められないか、さらにその平和の輪を恩納村や沖縄県、さらには日本全体に広げていけないか、という考えがまとまっていったんです」

永井さんは、このプロジェクトを「Sunflowers for Peace 平和のためのヒマワリ」と名付けました。そして一緒に活動してくれる仲間を募る一方で、キャンパスの造営・管理担当者に趣旨を説明し、キャンパス内でヒマワリを育てられないか交渉。使われていなかった花壇を確保しました。

趣味で菜園をやっているOISTガーデニングクラブの代表には、ヒマワリの育て方の指導をしてほしいと持ちかけました。

また、広報を担当している職員らにも協力を依頼。さらには、学内にある保育園に、花壇に掲げる看板制作を頼みました。

肥料の代わりとなる「水分吸水性有機ポリマー」を作っているOIST発スタートアップ「EFポリマー」にも協力を呼びかけたところ、快く趣旨に賛同してくれ、製品を寄付してくれました。

ヒマワリの種をくれた恩納村役場の方々にも取り組みの説明をして、地域の賛同者を増やしました。

すべての準備が整い、天候も落ち着いた4月6日、ヒマワリの種まきが行われました。

OISTの多国籍・多文化からなるコミュニティーから50人ほどが参加しました。

50人ほどが集まってヒマワリの種の植え付けを行った=OIST提供

「お互いを思いやる気持ちの象徴となるヒマワリの花が、県内に広がればいい」という思いで、地元のメディアにも集まってもらいました。

その日のイベントを報道した記事を読んだ読者の方から、以下のようなコメントが寄せられていました。

「ウクライナの国花がヒマワリとは知りませんでした。私も大好きな花です。私も自宅の庭にひまわりを植えました。(中略)ウクライナに一刻も早く平和が訪れますように」

永井さんの思いが伝わった瞬間でした。

ヒマワリの種の植え付け方法から、水やりの頻度、害虫対策。わからないことだらけだったが、いつも周りのスタッフや恩納村の方が助けてくれた=川畑直美さん提供

さて、6月23日は、沖縄県民にとって非常に重要な行事である、沖縄戦の戦没者を追悼する「慰霊の日」です。

平和を祈って植えられ、学内の有志により心を込めて育てられたヒマワリを、Sunflowers for Peaceのボランティアが生け花に仕立てました。

慰霊の日に、OISTのエントランスにSunflowers for Peaceボランティアメンバーがいけたヒマワリ=OIST提供

オクサナさんも、Sunflowers for Peaceボランティアの一員として、今回の花生けに参加しました。

故郷から遠く離れた沖縄で、そして家族や祖国を思って胸が張り裂けそうな時期に、同僚たちが集まって示してくれたサポートに感謝している、と思いを語ってくれました。

「永井さんが、この活動を始めてくれたことに感謝しています。私自身もみんなに加わってヒマワリにお水をやったりしていると、まるで故郷の実家でガーデニングをしているような、温かくて落ち着く気持ちになるんです」とオクサナさん。

ヒマワリ畑で同僚のオクサナさん(左)と話す永井あゆみさん=OIST提供

永井さんは活動を振り返り、こう話します。「人は誰でも特別な力や可能性をもっていますが、自分だけではどうにもならないこともたくさんあります。私は、OISTで働いていることがきっかけで、世界で起きているでき事が『自分事』となり、多くの人々の善意に助けられこの活動を実現することができました。国際色豊かな学び舎であるOISTのメンバーが多様な出自や経験を糧に、この沖縄から、地元の方々も含めて皆が手を取り合い明るい未来を育てていけたらいいですね」

OISTのSunflowers for Peaceボランティアメンバーの一部。他にも大勢のボランティアや支援者が、キャンパスでのヒマワリ育成を応援してくれた=OIST提供

集めた寄付金は、OISTとOIST財団が立ち上げた「Ukraine Scholar and Student Support Fund(ウクライナ科学者及び学生支援基金)」に寄付し、OISTでウクライナからの科学者(研究者、学生)を人道支援として受け入れることに利用する予定です。

永井あゆみ

OIST プロフェッショナル&カルチャーディベロップメントスペシャリスト
京都出身。関西外国語大学、米国ミネソタ州Gustavus Adolphus Collegeにて学士取得。人材紹介会社でのキャリアコンサルタントを経て、欧州系・米系の投資銀行・投資顧問の人事として東京とシンガポールで勤務。若手から管理職まで採用・育成および組織戦略を手掛けた経験を糧に、2019年よりOIST勤務。現在、プロフェッショナル・ディベロップメント&インクルーシブ・エクセレンス・センターの立ち上げに従事。

(大久保知美、OIST広報部メディア連携セクションマネジャー)