岸田文雄首相とオーストラリア(豪州)のアルバニージー首相が10月22日、新しい日豪安保共同宣言に署名した。

共同宣言が想定するシナリオのうち、最も可能性が高いのは「台湾有事」だ、とシドニー大学米国研究センターのシニアフェロー、ジョン・リー氏は指摘する。

過去にはオーストラリア外相の上級顧問も務めた彼が考える安全保障の危機とは何か。(聞き手・牧野愛博)

――宣言は「日豪の主権及び地域の安全保障上の利益に影響を及ぼし得る緊急事態に関して、相互に協議し、対応措置を検討する」と強調しています。豪州が考える「緊急事態」と「対応措置」とは何でしょうか。

この宣言は、正式な同盟関係を確認する条約ではありませんが、使われている言葉は(アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドによる軍事同盟関係を規定した)ANZUS条約と似ています。

共同宣言の締結は、日本がオーストラリアから事実上の同盟国と見なされていることを意味しています。

宣言が発動される可能性が最も高いシナリオは台湾有事ですが、朝鮮半島有事など、両国の利益が脅かされる可能性がある、あらゆる緊急事態が含まれています。

宣言が指摘する「緊急事態」には、敵対勢力による軍事力の行使を伴わないシナリオも含んでいると思います。

「対応措置」には、特定の行動に対する非難や協調した経済行動などの非軍事的な対応と、軍事的な対応の両方が含まれるでしょう。

ジョン・リー氏

ジョン・リー氏シドニー大学米国研究センター・シニアフェロー

2016〜2018年にビショップ豪外相の上級顧問を務め、安倍晋三政権当時の日本外交にも精通する。米ハドソン研究所のシニアフェローも務める。

――日本とオーストラリアは2012年に軍事情報包括保護協定(GSOMIA)、2013年には物品役務相互提供協定(ACSA)、そして今年には円滑化協定(RMA)をそれぞれ締結しましたが、相互防衛義務はありません。両国は今後、防衛協力の指針(ガイドライン)を作る可能性もありますが、オーストラリアは日本に対してどのような安全保障協力を望んでいるのですか。

現段階では、オーストラリアは日本に対し、双方の軍事アセットの戦略的な配置といった戦力態勢、共同訓練、軍事装備や能力の共同開発などの分野での協力に関心を持っています。

防衛関係が拡大する一方、脅威も増大し続けています。オーストラリアは日米両国との間で、特定の緊急事態に対応できる詳細なシナリオに基づく計画を作りたいと考えています。

ただ、現状では、日本が攻撃された場合にオーストラリアが自動的に参戦し、オーストラリアが攻撃された場合に日本が自動的に参戦するという真の意味での集団安全保障体制の締結については、両国ともに期待はしていないと思います。

2020年9月に行われた日豪共同訓練の様子2020年9月に行われた日豪共同訓練の様子=海上自衛隊ホームページから

――オーストラリアは第2次大戦後、アメリカの戦争には必ず参戦してきました。オーストラリアが台湾有事に参戦するためには、アメリカ軍の参戦が前提になるのでしょうか。台湾有事で、オーストラリアは日米とどのような役割分担を考えていますか。

オーストラリアが台湾有事に参戦するためには、アメリカの参戦が前提になります。オーストラリア軍はアメリカ軍と密接に統合されていて、北東アジアで(オーストラリア軍だけが)一方的に参戦する立場にはありません。

外交的には、オーストラリアが参戦する場合、集団体制の一部になることも望むでしょう。

台湾有事において、オーストラリアは、アメリカ、そしておそらく日本と共に戦うなかで、隙間を埋める専門的な戦闘能力を発揮することになります。

(オーストラリア大陸のほぼ中央に位置する)アリス・スプリングス近くのパインギャップにあるアメリカとオーストラリア両国が共同で運用する(情報衛星の運用や分析を行っているとされる軍事)施設は、アメリカ軍と同盟国軍のためのシギント(通信や電磁波、信号などを傍受する活動)や、戦場での諜報活動において重要な拠点になるでしょう。

首脳会談を終え、共同記者会見に臨んだバイデン米大統領と岸田文雄首相首脳会談を終え、共同記者会見に臨んだバイデン米大統領(左)と岸田文雄首相。台湾有事への「軍事的関与」をめぐる記者の質問とバイデン氏の答え「イエス」はここで飛び出し、大きなニュースとなった=5月23日、東京・元赤坂の迎賓館、代表撮影

――現在のオーストラリアと中国の関係はどうなっていますか。中国は日本とオーストラリアの安保宣言に反発すると思いますが、オーストラリアの対中外交戦略を教えてください。

オーストラリアが目指しているのは、中国との外交関係の安定です。その一方で、中国の強引で強制的な動きの拡大に伴う環境の悪化に備えようとしています。これが日豪安全保障共同宣言の背景にあります。

日本と同様に、オーストラリアも中国を抑止するとともに、中国に対する抑止が失敗した場合の最悪の事態に備えるため、他の国々とより緊密に協力しようとしているのです。

――AUKUS(米英豪安全保障協力)に基づく原子力潜水艦を保有する議論はどこまで進んでいますか。日豪安保宣言は「核兵器のない世界」の実現を共に追求していくにあたって、核兵器不拡散条約を堅持し、強化するため互いに緊密に取り組むとも説明しています。

原潜を手に入れるというオーストラリアの計画は、NPT(核不拡散条約)の義務には違反していません。

(オーストラリアが手に入れる原潜のモデルになる)アメリカあるいはイギリスの原潜は「(内部を見せない)クローズドボックス」設計ですから、オーストラリアに原子力産業を育成することを必要としません。

オーストラリアは核物質の処理や開発の必要もありません。オーストラリアの原潜は(核弾頭ミサイルなどで)核武装しない(攻撃型原潜になる)でしょう。

――日本とオーストラリアの安保共同宣言はインド太平洋の安全保障にどのような影響を与えると思いますか。

もし、両国の安保共同宣言によって、中国が台湾や他の地域に対する積極的なアプローチを一時的に停止したり、再検討したりすることになれば、この宣言は地域の多くから「安定のための力」として評価されるでしょう。

そのためには、オーストラリアと日本は、中国の東アジアでの攻撃的な行動に複雑な計算をもたらす軍事能力、特に(相手の弱点を突くため、相手と異なる装備や運用、組織などを活用する)非対称戦能力を、単独あるいは協力して早期に発展させる必要があると思います。