米国が太平洋の情勢に猛烈な危機感を示している。というのも、この地域に、中国がアグレッシブに関与を強めているからだ。目下「つばぜり合い」の現場は、くしくも80年前、日本軍がターゲットとしたミクロネシアとメラネシアだ。(牧野愛博)

太平洋地域はマーシャル諸島、ミクロネシア連邦、パラオなどの「ミクロネシア」、パプアニューギニア、ソロモン諸島、フィジーなどの「メラネシア」、そしてキリバス、サモア、ツバル、トンガなどの「ポリネシア」という三つの地域に分かれている。

一方、太平洋の国々とオーストラリア、ニュージーランドなど14カ国2地域は「太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum=PIF)」を構成しており、加盟国や地域における対話と協力に取り組んできた。

太平洋地域の地図=Googleマップより

そんなPIFに最近、米国が急接近している。

元々この地域は戦後、日本から国連信託統治領を引き継いだ米国がミクロネシア、オーストラリアが地理的に近いメラネシア、ニュージーランドがポリネシアを、それぞれの「勢力圏」と位置づける時代が続いていた。

9月、米国はPIFメンバーをワシントンに迎え、首脳会議を開催。共同宣言を発表し、この地域にある米政府公館を6カ所から9カ所に増やすことを含めたパートナーシップの強化や、気候変動対策の協力など、11項目の関係強化を発表した。

PIFは前身の組織を含めると約50年の歴史があるが、今になって米国が関心を強めている背景には、この地域における中国の存在感が増しているからだ。

中国はすでに、パプアニューギニアとソロモン諸島に対して様々な経済協力や安保協力を実施している。

例えば今年4月、中国とソロモン諸島は安全保障協定を締結。今夏には、米沿岸警備隊の巡視船の同諸島のガダルカナル島への寄港を拒否したことが明らかになった。

ソロモン諸島は、9月末に発表されたPIFと米国による共同宣言に署名することを一時見送る姿勢も示している。

中国企業がソロモン諸島で建設中のスタジアム中国企業がソロモン諸島で建設中のスタジアム=10月、ホニアラ、西村宏治撮影

パプアニューギニアを巡っても2018年ごろ、メナス島について中国企業から開発の打診があった。これに対し、中国の軍用機が利用できる空港や、軍艦の使用も認める港湾施設の整備につながるという疑念の声が米豪など上がり、両国が開発を担うことでパプアニューギニアと合意した。

メラネシアは日本軍が戦中、パプアニューギニアに設けたラバウル航空基地を拠点にソロモン諸島のガダルカナル島で戦いを繰り広げた場所だ。

そして、米国のお膝元とも言えるポリネシアにも中国の影がちらつく。米国はミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオと自由連合盟約(Compact of Free Association=コンパクト)を結んでいる。

米国が3カ国の独立を承認し、経済支援や米国との自由往来の権利などを認める代わりに、米国が同地域への排他的な軍事的アクセス権を得るという内容だ。今年中にも、コンパクトの更新交渉が行われると言われているが、米国の懸念はミクロネシア連邦における中国の動向だ。

ミクロネシア連邦は中国と国交があり、同連邦からの独立を巡る住民投票の動きがあるチューク州に対し、中国は相当規模の援助を提供。そればかりか、住民投票にも「介入」しているとの未確認情報がある。

そのため、中国がコンパクト更新に向けた交渉にも介入するのではないか、と米国は警戒しているようだ。

中国資本のリゾート開発計画で揺れているミクロネシア連邦のヤップ島中国資本のリゾート開発計画で揺れているミクロネシア連邦のヤップ島(奥)。海岸線にはマングローブ林とサンゴ礁が広がる=2013年4月、ミクロネシア連邦ヤップ州、チャーター機から矢木隆晴撮影

米国がコンパクトの更新に失敗した場合、どうなるのか。アジア太平洋の安全保障を専門とする防衛省防衛研究所の佐竹知彦主任研究官は次のように指摘する。

「ミクロネシアは、米軍基地があるグアムと近距離の位置にあります。また米軍はパラオに監視用のレーダー施設の建設を予定するなど、同国における軍事プレゼンスを強化しています。米軍が進める分散配置の拠点としてもミクロネシアの島々は重要です。仮に中国が同地域で影響力を持つことになれば、こうした米軍の戦略に楔を打ち込むことになります」

防衛省防衛研究所の佐竹知彦主任研究官防衛省防衛研究所の佐竹知彦主任研究官

バイデン米大統領はPIF諸国との首脳会議で、海洋安全保障などのために計8億1千万ドル(約1170億円)を支出する考えを示した。

ただ、支出には米議会の承認が必要だ。米議会はかつて、パラオとのコンパクトの延長に関する法案を8年間「塩漬け」にしたこともある。

佐竹氏は「専門家が少ないこともあり、議会全体の関心が太平洋諸国に向いてこなかったのでしょう。太平洋諸国の中にも『米国は私たちを無視してきた』という気持ちがあるようです」と語る。

また、経済支援をする場合、現地にはインフラ整備ができる能力がある企業が不足している。米国など外国企業もスケールメリットが小さかったり、資材や人員を運ぶ距離が遠すぎたりして、太平洋諸国への進出をためらう可能性がある。

国営企業が進出している中国に対抗するためには、課題が山積しているのが現状だ。

米豪NZによる「分割管理」という構図はどのように変わっていくのでだろうか。佐竹氏は「中国に対抗するため、志を同じくする国々と協力して集団で関与する体制に変わっていくのではないでしょうか」と語る。

一方、日英米豪とニュージーランドの5カ国でつくる太平洋島嶼諸国の支援枠組み「ブルーパシフィックにおけるパートナー(Partners in the Blue Pacific=PBP)」には、インドも関心を示す。インドはQUAD(日米豪印の安保対話)メンバーであり、フィジーには多くのインド系住民もいる。米韓関係を最重要視している韓国の尹錫悦政権もQUADやPBPへの参加を希望している模様だ。

今後は、こうした参加国で情報を共有したり、資金や資源をプールしたりすることで効率的な投資や経済援助を行い、物量や資金力をテコに影響力を強める中国に対抗していく考えなのだろう。

一方、日本は従来、ミクロネシアを重視してきた。戦前に支配した歴史的な経緯があるほか、米軍のいるグアムに近く、日本の安全保障に重要な影響を与える地域だからだ。

だが、最近はメラネシアのパプアニューギニアやフィジーでも、自衛隊のキャパシティー・ビルディング(能力開発支援)を実施している。

ガダルカナルの戦いから80周年にあたる8月、海自護衛官きりさめが、ソロモン諸島のホニアラ港に寄港したのもインド太平洋地域でのプレゼンスを示す行動の一つだ。

佐竹氏はこう分析する。

「太平洋諸国にとっては、地政学的に重要な地位を100%利用し、日米豪などの諸国と中国の双方から利益を得ることがベストの戦略です。米国や台湾を明確に支持するパラオなど一部の国を除き、簡単にどちらか一方の陣営に就くことはないでしょう」

佐世保湾の近くで停泊する海上自衛隊の護衛艦「きりさめ」佐世保湾の近くで停泊する海上自衛隊の護衛艦「きりさめ」=2020年5月、長崎県佐世保市沖、朝日新聞社ヘリから、金子淳撮影

太平洋諸国は「この地域に地政学的な対立を持ち込むな」と主張しているが、同時に「地政学的対立」を利用して独自外交を展開しているという側面もある。

最近の新型コロナウイルス・ワクチンの大量支援を見てもわかる通り、中国が物量では日米豪などを圧倒している。

日米豪などは、地域のニーズに寄り添った、質が高く、持続可能な支援を考える必要がある。

佐竹氏は、その一例として、観光支援を挙げる。太平洋諸国には観光収入が国内総生産(GDP)の何割かを占める国がいくつもある。太平洋諸国を対象にした、海外版の「Go Toトラベル」を実施するのも一案だと言える。

海底地震や津波観測、違法漁業の取り締まりなど、海洋状況把握(MDA)のための支援も有効という。

佐竹氏は「観測衛星の情報共有は将来的に、安全保障分野での協力にもつながります」と語る。当面、米国と中国の綱引きがますます激しくなるこの地域から目が離せない状態が続きそうだ。