「白紙革命」が今、中国を揺るがしている。中国では2020年1月以来、きわめて厳格な新型コロナウイルス感染対策が続けられてきた。3年近く続くコロナ禍において死者数は最小限に抑えこんできたが、その代償として経済、社会に与えた影響は甚大だ。「動態清零」(動態的ゼロコロナ)と呼ばれる、あまりにも厳格なコロナ対策の撤回を訴える抗議集会が「白紙革命」である。(高口康太)

これまでにもコロナ対策への不満が抗議集会や暴動につながった事例は何件も確認されている。「白紙革命」が一線を画するのは全国的に拡大したこと、そして「習近平下台!共産党下台!」(打倒習近平!打倒中国共産党!)との政権批判のシュプレヒコールが上がったことに由来している。

政権打倒を呼びかける大規模な抗議集会が開かれたのは、1989年の天安門事件以来となる。

抗議集会自体は珍しい話ではない。特に胡錦濤前総書記の時代には「群体性事件」(デモ、ストライキ、抗議集会などの総称)が年10万件も発生していたが、一定以上の規模で、政権批判を行ったものはない。

ではなぜ、今回は「打倒習近平!打倒中国共産党!」のシュプレヒコールが上がったのか? なぜ、政権批判の抗議がこれほど拡大したのか?

その背後を分析すると、徹底した監視社会と巧みな言論統制が逆説的に作り上げた「落とし穴」が見えてくる。

発端はウルムチのマンション火災

まず、「白紙革命」がどのように広がったかについて説明したい。

11月24日、新疆ウイグル自治区ウルムチ市で10人が死亡するマンション火災が起きた。ウルムチ市はコロナの流行により約4カ月間にわたり行動制限をしいていた。

火災が起きたマンションも住民の外出が禁じられ、マンションの玄関は封鎖されていたという。

火災現場を写したとされる動画が出回ったが、立ちのぼる炎と黒煙の中、「助けて!ドアを開けて!」という絶叫が響き渡る凄惨な内容であった。

他にも火事現場に居合わせた市民がつぶやいた「消防車が近づけない。遠距離から放水しているが水が届かない」との音声メッセージも広がっている。

路上駐車が多く、消防車が現場までたどりつけなかったためだ。コロナ対策のため、マンション敷地の入口も封鎖されている。そのため駐車場に車を戻せず、路上に止めていた車が多かったと見られる。

こうしたマンションの玄関や敷地入口の封鎖は「封閉式管理」(封鎖式管理)と呼ばれ、2020年初頭以来、中国式コロナ対策の基本として活用されてきた。中国人ならばほぼ全員がなんらかの形で体験している。

閉じ込められたまま焼け死んだのは自分だったかもしれない。「助けて!ドアを開けて!」の叫び声を聞いた時、そうした思いが頭によぎった人は多かっただろう。

ウルムチの火災の様子=TBS NEWS DIGのYouTubeチャンネルより

中国のゼロコロナ政策は封鎖式管理以外にもさまざまな手法を組み合わせている。地方ごとに違いがあるため一概には説明できない。

地方政府は対策ガイドライン以上に強力な対策を導入していることが多いためだ。「層層加碼」(上級機関の指示以上の下級機関が対策を強化すること)と呼ばれる、地方政府の過剰な防疫対策は問題と指摘されつつも、是正されずにきた。

こうした各種のコロナ対策をざっと列挙すると以下のようなものがある。

携帯電話の位置情報などの各種データをもとに感染確率を判定する健康コードの利用義務づけ

発熱をごまかせないよう解熱剤や風邪薬の購入は実名制

感染リスクが高まると飲食店や娯楽施設は閉鎖

発熱外来以外の病院は閉鎖されるところが多数

工場はバブル方式(従業員は敷地外への外出禁止)でのみ操業可能に

大学は予防措置として学生を数カ月にわたりキャンパス外に出ることを禁止

一部地方では長期休暇中も学生の帰省を禁止、「悪意ある帰省」は処罰の対象に

感染者をあぶり出すため全市民にPCR検査、しかも数日にわたり毎日実施

会社や学校などの公共施設の立ち入りには直近48時間以内のPCR検査が必要になる

感染者と同じ建物にいた人間は陰性が確認されるまで移動禁止となり、会社やスーパーマーケットに泊まり込むはめに

無症状感染者や濃厚接触者は体育館にベッドを並べただけの施設に隔離。それどころか濃厚接触者の濃厚接触者も隔離

感染者のペットは殺処分。感染者の住む家は消毒液で水浸しになるほどの殺菌措置で家財がめちゃくちゃに

この対策を眺めるだけでも経済社会に与える影響の大きさが理解できるのではないだろうか。

それでも中国人の大半がゼロコロナを支持してきたのは命を守るために必要な措置だと考えていたからだ。

中国政府は現状の対策は「人民至上、生命至上」(人民第一、生命第一)を目的としていると主張してきたが、なるほど、中国のコロナによる死者数は12月2日時点で5233人。日本の5万217人の1割程度、100万人を超えた米国の0.5%という極少数にとどまっている。

しかし、中国外では次第に日常への回帰が進んでいることが知られるようになり、また身の回りでもコロナによる死者はいないのに不便なことばかりが起きているとの不満が募ってくる。

そのタイミングで「助けて!ドアを開けて!」の動画を見れば、中国のコロナ対策は自分たちを守ってくれるどころか、むしろ命を危険にさらすものではないかと感じるのも無理からぬところだろう。

政府、政策転換に追い込まれる

さらに人々の怒りに火を着けたのはウルムチ市政府の記者会見だった。火災の翌日に開かれた記者会見で、ウルムチ市消防救援分隊の李文勝分隊長は「一部住民は自己救済能力が低く、避難ルートの位置をよくわかっていなかった」と発言した。

封鎖式管理の対象となったマンションでは避難通路のドアが施錠されている、または鎖や針金を巻き付けて固定されていることが多い。

火災現場のマンションもそうであった可能性が高いのに、「自己救済能力が低い」と死者に責任を押し付けたことに人々の怒りは爆発した。

火災事故の翌11月25日にウルムチ市で抗議デモが起きた後、上海市、北京市など中国20都市以上で抗議集会が開催された。

また、多数の大学で学生たちも抗議に立ち上がった。一説には100校以上でなんらかの抗議活動が展開されたという。

26日に南京伝媒学院の学生が行った抗議集会では白紙が掲げられた。言論の自由がない中国では抗議の意思を言葉にできないなかで、それでも抗議の姿勢を見せるとの意味が込められている。

このシンボリックな手法は他の集会でも採用されるようになり、「白紙革命」「A4 Revolution」といった名称が定着していった。

28日以後は中国政府が徹底的な取り締まりを始めたため、中国国内での抗議集会はほぼ消滅したが、「白紙革命」がもたらした衝撃は大きかった。どれだけ経済的社会的なダメージが大きくてもゼロコロナ政策を転換するきざしがなかった中国政府だが、ついに実質的な緩和へと踏み込む姿勢を示している。

マンション火災が起きたウルムチ市では抗議デモの翌日、突如として4カ月間にわたり続いた行動制限を緩和する方針を発表した。

北京市では封鎖式管理の対象となっているマンションで玄関をバリケードなどで封鎖してはならないとの通達がでた。他にも多くの都市でさまざまな対策緩和が続いている。

広州市では、地区封鎖(ロックダウン)や移動制限などのコロナ規制が解除され、オフィス街では昼食のデリバリーを配達するドライバーや受け取る会社員らでにぎわった広州市では、地区封鎖(ロックダウン)や移動制限などのコロナ規制が解除され、オフィス街では昼食のデリバリーを配達するドライバーや受け取る会社員らでにぎわった=12月1日、広州市、奥寺淳撮影

習近平体制の業績として喧伝されてきた「動態的ゼロコロナ」の看板は下ろさない可能性は高いが、PCR検査の縮小、濃厚接触者や無症状感染者の在宅健康観察を認める方向へと進むようだ。

「白紙革命」が今後も広がりを見せるかは未知数で、このまま沈静化するシナリオがもっとも可能性が高いと私は見ているが、たとえそうであったとしても人々の抗議活動が中国政府の方針を変えたという歴史は記憶されることになるだろう。

胡錦濤時代からの変化

遠回りしてきたが、ここで「なぜ、打倒習近平!打倒中国共産党!のシュプレヒコールが上がったのか? なぜ、政権批判の抗議がこれほど拡大したのか?」との冒頭の問いに戻ろう。

2022年の中国を見るだけでは理解のための材料が不足している。ここで補助線として、胡錦濤時代の2010年に起きた上海ビル火災を振り返ろう。

外壁修復工事中に、溶接作業で飛び散った火花から出火し、58人が死亡する惨事となった事件である。

上海で起きたビル火災上海で起きたビル火災。28階の高層住宅が全焼した。出火当時、十数人が屋上で救助を待っていたとされ、救援ヘリからレスキュー隊が救助のためロープで降下したが、火の手が強すぎて途中で断念した=2010年11月、奥寺淳撮影

孫請けひ孫請けという多重下請けの結果、安全管理のできない施工業者が受注していたこと、ナイロン製の網や竹の足場など可燃物で足場が組まれていたことなど多くの問題があり、人災との認識が広がった。

政府は遺族を取材する記者を監禁するなどメディア統制を強めたが、人々の怒りはおさまらず、初七日には数万人が献花のため現場につめかけるほどの大きなうねりを引き起こした。

人々の怒りに突き動かされ、政府は地元官僚の責任を追及。改修工事を認可した地元官僚は職権乱用や汚職の罪で有罪判決を受けている。

人々の行動が政府を突き動かす――。これは胡錦濤前総書記の時代にはありふれた話であった。

中国共産党大会の閉幕式で、係員に腕をつかまれて退席を促される胡錦濤前総書記。隣には習近平総書記が座っていた中国共産党大会の閉幕式で、係員に腕をつかまれて退席を促される胡錦濤前総書記。隣には習近平総書記が座っていた=2022年10月22日、北京の人民大会堂、金順姫撮影

インターネットの普及とソーシャルメディアの発展により怒りや共感はまたたく間に共有される。この「ネット世論」によって下層官僚の更迭、化学プラントの建設計画や政府の土地収用の撤回といった民衆の勝利が繰り返されてきた。

この「ネット世論」をいかに封じ込めるかは、習近平体制にとって大きなテーマの一つであった。

政府にとって不都合な情報を徹底的に消し去るネット検閲。住民の怒りが広がりそうな予兆をただちに察知し先手を打って弾圧、または懐柔する世論警報。あるいは政府の方針がいかに正しいかを啓蒙宣伝するプロパガンダ活動。ネット世論の結節点となっていたオピニオンリーダーや人権派弁護士の封殺といった措置を組み合わせることによって習近平体制は「ネット世論」をほぼほぼ抑え込んだと言えるだろう。

その極致とも言えるのがコロナ対策であった。人々に多くの負担を強いるコロナ対策を、命を守るためのもっとも適切な施策であると喧伝し、主流の意見とすることに成功したのだから、その実力には恐れいるしかない。

しかし、完璧な成功は「落とし穴」を生み出す。中国政府は人民の不満というファクターを考慮することなく、ゼロコロナ政策に邁進できてしまった。

また、10年にわたる監視社会と言論統制によるネット世論対策の成功は、胡錦濤時代にあった共産党と市民との“暗黙の了解”を忘却させてしまった。

胡錦濤時代では多数の抗議活動が行われたが、原則として中国共産党とその指導者を直接批判することはなかった。

抗議活動の要求が認められるのは、「人々の要求に気づいた中国共産党が悪事を働く地方の小役人を成敗し正義を回復する」というストーリーが描かれた場合のみ。

中国共産党に本心からの期待はなくても、「我々の不手際で悪代官をのさばらせてしまったが、もう大丈夫だ」と政府が英雄然として登場し、人々が「ありがとう共産党」と歓喜できるようにする、そうした “暗黙の了解”があったのだ。

ところがこの10年間でその“暗黙の了解”は失われてしまった。それどころか、「白紙革命」の主力となっている20代の若者たちは「良き中国共産党」とのプロパガンダをたっぷりと浴びて育ってきた愛国者世代である。

素直に中国共産党に正しい振る舞いをとって欲しいし、それができると考える人が少なくない。

11月30日、新宿駅で開催された「白紙革命」の抗議集会を取材したが、「打倒中国共産党!」のシュプレヒコールが上がる一方で、「中国共産党は私たちの声を聞いて目を覚ましてくれる。今の政策を変えてくれるはずだ」と声をあげる若者もいた。

白い紙を手に集会に参加する人たち白い紙を手に集会に参加する人たち=2022年11月30日午後、東京都新宿区、畑宗太郎撮影

本気で良き中国共産党を信じている若者たち。彼らは「白紙革命」によってゼロコロナ政策の緩和という勝利を手に入れた。

この10年間途絶えていた人々の圧力によって政府を動かす勝利、この体験は今後さまざまな波紋を生み出すのではないか。