イタリアの名門クラブACミランで10番を背負い、日本代表では絶対的エースとして君臨する本田圭佑。日本を代表するトップアスリートとして知られる彼は、アスリート以外に別の顔を持つ。それはクラブチームとスクールを経営するオーナーとしての顔だ。

「引退してからではなく、現役選手としてスクールを設立したほうが、子どもたちに大きな夢を与えられる」(本田)

そうした考えから、2012年5月に始まったサッカースクールは、国内62カ所(2016年6月末)にまで増えた。今年4月には、千葉県千葉市でユースチームを立ち上げた。これで昨年6月にオーナーとなったオーストリアリーグ2部のSVホルンを頂点に、プロ選手から小学生クラスまで、すべての年代を指導する体制が整った。また、以前から公言していた米国進出に加えて、この6月には中国・上海、カンボジアでサッカースクールを開校することを明らかにしたスクール事業においても、いよいよ海外進出を果たす。

本田のサッカースクールがいよいよ海外へ

――いよいよスクール事業で海外進出するそうですが、中国と米国を最初に選んだ理由は? 
本田:いくつかあります。まず、中国と米国ではサッカー熱が高まってきています。それが理由で、他の国よりも始めやすかった。同時並行で同じようなプロジェクトが他国でも動いていました。タイやカンボジアといった可能性があるアジアの国でも調査が進んでいます。
また、それぞれの国でビジネスパートナーの状況が異なります。米国や中国は、他国よりも、サッカーの受け入れ態勢が整っていたので、このタイミングでスタートできました。

――具体的な場所は
本田:中国の上海と米国のサンディエゴです。正確にはロサンジェルスとサンディエゴの中間です。

――4年間で国内に62校を作り、今回新たに海外2校を開校させました。成長を急いでいるように見えるのですが?
本田:僕は事業を始める時、スタッフ全員に300校作ろうと言いました。スクール事業の元々の理念は、(サッカーを通じて)『貧しい子供にも夢を持ってもらいたい』ということです。会社組織にしてまでやりたかったことは、都心部だけでなく、地方でスクールを開校することでした。今回の話は、日本だけでなく、それを海外にまで広げようというものなのです。

組織の「色」でマネジメントは変わる

2015年6月、イタリア名門クラブの現役選手である本田がオーストリア3部リーグ(当時)のSVホルンを取得したことは、国内外のたくさんのメディアで高い注目を集めた。スポーツ新聞やサッカー専門誌のみならず、テレビや一般紙でもトップニュースでの扱いとなった。中でも関心を集めたのが、経営全般に本人が関わり、日本人の勤勉さ、協調性をクラブ経営の中心においたマネジメントを行うというもの。

ACミランで10番のユニフォームを着ることで、小学校の卒業アルバムに書いた将来の夢を実現させた本田圭佑。目標を掲げ、ロードマップを設定し、その実現のためにハードワークする様は、一流のトップアスリートというよりも、極めて勤勉で優秀な経営者の姿だ。本田の経営理念やマネジメントのスタイルは、どのようなものなのだろうか。

――事業が急速に成長すると、スタッフも急増します。ご自身の経営理念や方針を組織に浸透させるのが大変なのでは?
本田:自分の思いを人に伝えるのは、本当に大変だなと日々感じています。新しい社員がたくさん増えています。気を付けているのは、同じことを伝えても、すぐに理解できる人と、なかなか吸収できない人がいるということです。だから、相手に合わせて伝え方を変えています。それはサッカー選手として、他の選手とコミュニケーションを取ることと似ているかもしれません。

――子どもたちに指導するコーチには直接伝えるのですか?
本田:会える時には、できる限り直接コーチと話すように努力していますが、スケジュールの関係で、年に数回しか会えないのが現状です。しかし、組織としては、現場のコーチと自分の間を繋いでくれる責任者がいますので、私の考えやメッセージは、責任者を通じて伝わるようにしています。

 
(SVホルンは本田が取得してからわずか1年で3部優勝、2部昇格を果たした)

――SVホルン取得時に日本的経営でアプローチするということが伝えられましたが、海外スクールも同じようなマネジメントになるのですか?
本田:本来マネジメントとは、組織の「色」によって変えなければいけないものだと思います。例えば、ホルンには、様々な人種、人間がいます。私たちが派遣している人間もいますが、日本人よりも現地のオーストリア人のほうが多いのです。選手に関して言えば、ヨーロッパのいろいろな国から集まっています。監督、スタッフを含めて、チームが一丸となって仕事をしようとする時に、日本のスクールで行うマネジメントと、ホルンで行うマネジメントでは、やり方、アプローチの仕方、人材の活かし方が全然違うのです。

すごく慎重に現場の状況を読みながら、マネジメントに手を加えるようにしています。『頑固な部分を持つのと同時に柔軟な部分も持つ』ということが、経営上のチャレンジのひとつになっています。
ホルンは90年以上続いてきたクラブです。少ないですが根強いファンも存在します。チームの歴史を考慮し、ファンの人たちの思いも汲めるような組織にしなければいけないということです。

世界に羽ばたく人材を育てたい

本田圭佑は6月22日、米国の首都ワシントンD.C.にいた。世界の貧困問題に取り組む国連財団(UN FOUNDATION)が、日本国内のみならず、カンボジアやタイなどで子どもたちのために本田が行った活動を高く評価し、国連財団が行う子どもたちのための教育事業の支援者に選ばれたからだ。


 
(カンボジアを訪問し、選手育成などのプロジェクトを立ち上げたいと語った本田)

「若者と彼らの夢がなくては、世界はより良いものになりません。過去7年間、子どもたちに希望と夢を与える活動をしてきましたが、まだまだ支援が必要です。国連財団と協力することで、子どもたちが輝く平和な社会を構築できると思います」と本田は就任スピーチで語っている。

トップアスリート、経営者として知られるようになった本田がみせた教育者としての一面だが、「多くの子どもたちに夢を与えたい」というスクール事業の理念を考えれば、「教育者」本田圭佑は当然の帰着だろう。そして、スクール事業の急成長が彼にもたらした課題は、子どもたちに夢を持たせることができるような指導者の育成だ。彼は今、人材育成に並々ならぬ関心を抱いている。

――上海やサンディエゴのスクールで子どもたちにサッカーを教える指導者はどうするのですか?
本田:指導者は本当に難しい課題です。単にサッカースクールのコーチという問題を超えて、人材教育が日本の大きな課題になっていると思います。それをどう打ち破るのか、どうやって良い指導者を育てるのかが、僕らに課せられた大きな課題です。

これはまだ決定事項ではありませんが、日本国内で学校法人を作り、素晴らしい人材、指導者を育てて、そこから上海やサンディエゴのスクールや、SVホルンに派遣するようなことも考えています。
しかし、それと同時に、現場は現場で自立した組織にならないといけない。本当はオーストリアでオーストリア人の指導者が育ち、中国で中国人の指導者が育ち、僕らはスクールというプラットフォーム通じて、そういう指導者を指導しているという形態になることが理想です。それが、長く続くビジネスモデルだと思っています。

――SVホルンを頂点とするピラミッド型の組織に学校法人を加えるということですか?
本田:僕は別にサッカーの育成に固執しているわけではありません。むしろ、日本の教育、世界の教育に関心があって、サッカーだけじゃなく、どのような仕事にもあてはまる人材教育にすごく興味を持っています。その一環として、サッカーの指導者を育てることが当面の目標になっています。学校法人のアイデアは、サッカー指導者だけでなく、リーダーとして世界に羽ばたけるような人材を育てることを自分が実現できたらいいなと思っています。

長所を見出し、才能を育てるマネジメント

――経営者と選手の両方の立場から、監督や指導者に接していますが、経営者と選手にとって、理想の監督や指導者は一致するのでしょうか?
本田:選手から監督を見た時は、指導者として自分に接する、チームに接する監督の姿を見ます。一方、経営者として見た時の監督は、選手のマネジメント以外に、オーナーとの会話や、周囲のスタッフとの調整も評価すべき仕事になるので、選手の時には知らない側面が見えてきます。ただし、チームをどうまとめるのかというマネジメントは、選手から見ても、経営者から見ても、基準は同じです。

――試合に出られなかった選手に対する説明が足りなかったことがシーズン途中でホルンの監督が交代した一因だと伝えられました。選手に対する説明責任を果たすことがチームマネジメントにおいて大切だということですか?
本田:ビッグクラブでは、そういうマネジメントはまったく必要が無いのかもしれません。結果を出せなかった選手は早く売却する。結果を出している選手は、何十億、何百億で買えば良いわけで、選手に対する説明や義務は監督に必要が無いかもしれません。しかし、ホルンは、1回のミスで「こいつはダメだ」という判断が下されるというようなチーム作りをしていません。選手の才能や長所をすごく大切にしています。
試合に出られなかった選手の長所や才能を見て、もっと伸ばすような作業を監督にはしてもらわないといけない。若い選手が多いですから。才能や長所を伸ばそうとしなければ、彼らは1年後も試合に出られないままでいる可能性がある。しかし、そういう選手が来年には必要になるかもしれない。3年後にはすごい選手になるかもしれない。
良い指導者というのは勝つ指導者ではないと思っています。僕らに必要な指導者は、勝つための指導者ではなく、人を育てることのできる指導者でなければならない。今、ホルンが求めている監督とは、そういう人材だったということです。

――監督や選手以外の会社スタッフに対する考え方もそうですか? 
本田:僕は会社経営においても、同じような考え方です。日数が人よりかかったとしても、それだけで評価は下さない。まったく怒らないかと言えば、それは嘘になるかもしれませんが、それよりも、その後、彼らがどれぐらいその結果に真摯に向き合い、集中して努力するかを重視しています。
多くの会社、多くのサッカークラブは、ビッグクラブのように大きな組織で成り立っているわけではありません。すそ野の底辺から人材が育って行きます。僕らのような小さな会社の上司に求められていることは、そういう気持ちで部下や社員に接することだと思います。

変化を恐れず、生存競争に生き残る信念の人

アスリート、経営者、教育者として、まさに3兎を追いかける本田圭佑。彼とのインタビューを通じて、最も印象的に残ったのは「大切なことは、絶対に変えないということではなく、必要に応じて変えられることです。ただし、自分たちがやっていることを信じられるプライドは必要です」という言葉だ。
それはまるで、「最も強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが生き延びるのでもない。唯一生き残るのは変化できるものである」というイギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンが「進化論」の中で残した言葉と同じように聞こえる。

この6月、本田が所属するACミランの監督がクリスティアン・ブロッキからヴィンチェンツォ・モンテッラに交代した。また、今月に入ってシルビオ・ベルルスコーニ会長がチームを中国人実業家に446億円で売却し、オーナー交代が伝えられている。こうした激しい環境変化がもたらす生存競争で勝ち残ることができるのは、まさに「変化できるもの」だけだが、自分が変化することを信じられる強い心が必要なのだ。

そして、「経営者としての自分を確立するためには、多くの経営者から良いところ学び、自分のオリジナルを構築することが大切だと思います。『あの人のようになりたい』と固執しないほうが、自分の可能性の幅を狭めず、前に進んで行けると思います」(本田)

本田圭佑は本田圭佑に他ならない。唯一無二の経営者を目指す彼は信念の人だ。