2015年3月7日――。内田篤人が最後にブンデスリーガのピッチに立ってから、約2年4カ月もの時間が経過した。2010年に鹿島アントラーズから加入して以降、シャルケの右サイドにはいつも内田の姿があった。正確なクロスと安定したプレー、そしてその好青年ぶりからサポーターに愛され、「ウッシー」の愛称で親しまれてきた。しかし、2014年2月に右ひざを痛めて戦線を離脱。一度は復帰を果たしたものの、再び悲鳴を上げた右ひざにメスを入れ、それからは長い長いリハビリ生活を続けてきた。

復帰を目指して臨んだ昨シーズンも遂にリーグ戦の出場は叶わず。もどかしい時間の連続だった。それでも昨年12月のヨーロッパリーグでは、7分間だけではあったものの、公式戦復帰を果たすという大きな一歩を歩んだ。迎える今シーズンはドイツでの8年目。チームの顔ぶれも大きく入れ替わり、新たな指揮官とともにリーグ戦を戦うことになる。失われてきたこの2シーズンを取り戻すべく、再起を誓う内田に今の想いを語ってもらった。

■時間がかかったことが一番辛かった

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――ドイツでの7シーズン目が終わり、8シーズン目に突入しました。昨年12月のEL第6節、レッドブル・ザルツブルク戦では約1年9カ月ぶりに公式戦のピッチに戻り、親善試合ではフル出場も果たしています。ひざを含めた身体のコンディションはいかがですか。

身体も全然動いていますし、練習試合も90分出ているので、シーズンを通して問題なくできると思います。

――こんなにも長い間、ピッチから離れたことは初めてだと思います。リハビリの連続で、なかなかボールに触れられない時間も長かったと思いますが、この2シーズンで最も辛かったことはなんでしょうか。

ケガが全然治らなくて。治るのが遅かったことですかね。手術をするまでにも時間がかかりましたし。何よりも時間がかかったということが一番辛かったですね。

――その中でピッチを離れたからこそ感じたこと、フィールドの外だからこそ発見できたことはありましたか。

自分は今までシャルケや日本代表でほとんどずっと試合に出ていましたけど、ピッチの外で長い時間を過ごしたからこそ、改めて(シャルケや日本代表が)すごくいい場所だったなと思いましたし、そこに早く戻りたいなって強く思いました。

――しばらく戦線を離脱していた間に、シャルケの右サイドも顔ぶれが変わりましたね。昨シーズンはアレッサンドロ・シェプフ選手がレギュラーに君臨し、同じく長期離脱から復帰したコケ選手や若手のティロ・ケーラー選手なんかがプレーしていました。今シーズンからは新たにドメニコ・テデスコ監督が就任しますが、内田選手自身の立ち位置はどう変わると思いますか。

このオフで何人か選手が抜けちゃいましたし、新しく(テデスコ)監督が来たので、また一新って感じですかね。シャルケはよく監督が変わるので、監督交代については今更どうとか思うことはないです(苦笑)。「またか」みたいな。今シーズンはチャンピオンズリーグもヨーロッパリーグもないので、リーグ戦とDFBポカールだけにしっかりと照準を合わせて、リーグ戦ではもう少し上の順位にいたいなと思います。

――昨シーズンはリーグ戦で10位と、内田選手が加入してから最も低い順位でしたね。チームを外から見て、どこに原因があると感じましたか。

一番は波に乗り切れなかったってことじゃないですかね。1年を通じて不安定だったし、いい試合もないことはないですけど、あんまりよくない試合がずっと続いていた。ケガ人はいましたけど、それは毎年いるわけで、特別多かったわけでもないですし。波があっても結局勝てていないので、シーズンを通して普通に悪かったのかなと。だからこそ監督が代わったと思います。

――なるほど。そして、今シーズンからテデスコ監督が指揮を執ることになりました。テデスコ監督は1985年生まれの現在31歳と、内田選手とは3歳しか違いません。こんなにも若い監督の下でプレーするのは初めてのことですよね?

年齢は僕の中では気にしていないですし、結局のところ(僕を)使ってくれればいい監督です。これから本格的に練習が始まりますし、まだあまり話していないのでなんとも言えないですが、年齢よりもチームが勝てれば自ずと選手たちからも信頼されるものなので。日本では若いからどうとか言われるかもしれないですけど、ブンデスリーガでは僕と同い年の(ユリアン)ナーゲルスマンがホッフェンハイムで監督をやっていますし、ヨーロッパでは普通のことなのかなと思います。

――シャルケではこれまで何度も監督交代を経験してきました。テデスコさんは通算で8人目の監督ですが、監督が代わった時はどのように気持ちを切り替えているんですか。

自分は何も変わらずにやるだけですね。監督が使ってくれればいいなと思いながらやっています(笑)。特別に練習のやり方とか、態度とかは変えたりしません。

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■新人選手とプレーするのが楽しみ

――今夏には長らく一緒にプレーしてきたクラース・ヤン・フンテラール選手が退団(アヤックスへ移籍)しました。内田選手は2010年からシャルケでプレーされていますが、内田選手より在籍期間が長いのは、もうベネディクト・ヘーヴェデス選手だけになりましたね。多くの選手が入れ替わる中で、ピッチ外での付き合い方にも変化はありましたか。

僕はピッチ外ではあまりチームメイトと深く付き合ったりはしていません。もちろん選手同士としては仲いいですし、練習や試合ではうまくやっていますよ。ただ、あんまり仲が良すぎても良くないので、そこはある程度割り切って、練習が終わったらわりとさっと帰ります。だから仲良し小好しみたいな感じではないですね。

――プロフェッショナル同士の関係性を築いているんですね。チームには色々な個性を持った選手や様々な性格の選手がいると思いますが、特にリーダーシップを発揮するような選手はいますか。

やっぱり、(ベネディクト)ヘーヴェデスですね。彼は一番チーム歴が長いですし、責任感もあります。キャプテンらしいキャプテンって感じです。

――では逆に若手選手で注目している選手はいますか。

シャルケは下のユースからどんどん若い選手が上がってくるので、若くていい選手が多いです。まあ最近は外からも獲ってくるようになったけど、育成部門がすごく優秀なので、どんな若い選手が上がってくるのか、毎年プレーするのを楽しみにしています。今年も3人(ウェストン・マッケニー、ハジ・ライト、ルーク・ヘメリッヒ)くらい上がってくるので、一緒にやるのが楽しみですね。

■娘の成長が何より楽しみ

――ここまではクラブのことを中心にお話してもらいましたが、クラブの先には日本代表の存在もあるかと思います。2015年3月を最後に代表からも遠ざかっていますが、日本代表への想いを聞かせてください。

外から日本代表を見ることになって、改めて「日本代表って光栄なことだな」っていうのを思いましたし、すごく戻りたいなっていう気持ちが強くなりました。(ワールドカップ)アジア予選は難しいので、みなさん苦戦しているって言いますけど、実際に経験した僕らからすれば、それが普通なので。出場権を獲れるように頑張って欲しいなと思います。

――まずはクラブでしっかりと試合に出て、その先に日本代表を見据えてという感じですね。では、続いて少しプライベートな面にも触れたいと思います。2015年5月にご結婚され、昨年の秋には第一子となる娘さんが誕生されました。パパになり、これまでの生活とは大きく変わったのではないでしょうか。

家に早く帰るようになりましたね。練習が終わったら早く帰って、おむつを替えたり、お風呂に入れたり。本当に全部が楽しいんです。すごくかわいいですし、どんどん大きくなるので。成長していくのを見ているのも楽しいんですが、今がかわいすぎて「ずっとこのくらいの大きさでもいいんだけどな」とも思ったりします(笑)。

――では今、一番の楽しみは娘さんと過ごす時間なんですね。

そうです。成長が本当に楽しみです。だから……今日も早く帰って娘に会いたいですね(笑)。

■まずは毎試合、90分出ることが目標

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――いよいよドイツでの8年目が始動しましたが、ともに新シーズンを戦う相棒のスパイク、ACE (エース)に新色のオーシャンストームパックが登場しました。

すごくさわやかな色ですし、シャツやランニングシューズもすごくかっこいいなって思います。

――ACEの機能として、内田選手が一番気に入っているところはどんなところですか。

このスパイクは足首までしっかりと守ってくれるんですよ。試合中は結構、足首まで削られることもあるので。芝生も濡れている時は踏ん張りが利かないこともあるんですけど、しっかりと足元から安定させてくれる。あとは、インサイドにしっかりと当てれば、いい回転で質のいいボールを届けられる。当然、機能もしっかりしているので、これを早く履けるように頑張りたいなと思います。

――カラーもすごく内田選手にピッタリだと思います。早くこの新しいスパイクを履いて、右サイドを駆け上がる内田選手の姿を見たいなと思います。では、最後に新シーズンへの意気込みを聞かせてください。

まずは毎試合、90分試合に出られるようにすることが目標です。監督も代わって、キャンプも始まったので、まずは試合に出ることが一番です。まあ、もちろんケガはすると思うけど、あんまり大きなケガにならないように、とにかく頑張りたいなと思います。

 

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インタビュー・文=清水遼
写真=神山陽平