今からちょうど10年前、2007年3月10日に行われたクラシコで、長髪の若きレオ・メッシがキャリア初のハットトリックを達成した。

カンプ・ノウを熱狂の渦に巻き込んだ試合が3−3で終了すると、スペインフットボール界のレジェンドだったラウール・ゴンザレスはゆっくりとメッシに近づいていった。多くの観衆とカメラが見つめる中、彼は若きアルゼンチン人にハグをした。ゴールを、ハットトリックを祝福したのである。

歴史的な瞬間だったことは、言うまでもない。ラウールの行動は事実上、世界中に向けてあるメッセージを発信したことを意味した。

白い巨人の伝説的プレーヤーがメッシに手を差し伸べるまで、アスルグラナ(バルセロナの愛称)のファンは何度も彼に沈黙させられてきた。対峙してはゴールを決められ、苦汁をなめさせられてきたのだ。言うならばバルサにとって、リーガ・エスパニョーラやチャンピオンズリーグのタイトルをさらっていく厄介者でしかなかった。

だが、ラウールはメッシを抱きしめた。歴史的なライバル関係など何もないかのように、アルゼンチンの若者がピッチ上で示したプレーを称賛したのだ。まるで、偉大な選手たちが受け継いできたバトンを手渡すような光景だった。

メッシの登場により、クラシコの勢力図は様変わりした。力学の変化は歴代最多得点記録の更新という決定的な事実が形作られるまで続くことになる。それまでレアル・マドリーの伝説的な名プレーヤーであるアルフレッド・ディ・ステファノが18ゴールを決めていたが、メッシは現在までに21ゴールを決めて最多得点者に上り詰めた。

その間、バルセロナに数多くの勝利をもたらしてきたことは言うまでもない。

■フランコ政権とディ・ステファノ事件

バルセロナにとって、レアル・マドリーは常に倒すべき対象であり続けてきた。両者のライバル関係は多面的である。常にすれ違い、決して噛み合わず、不満と主張が渦巻く。政治的な戦いでもあるクラシコは、その性質によって可燃性の高い布のように一瞬にして燃え上がる。バルセロナのカタルーニャとレアル・マドリーのスペイン。確立した権力同士の戦いであり、レス・コルツ(スタジアム)とカンプ・ノウの観客席からは政治的な主張を含んだ口笛が吹かれる。レアル・マドリーへのブーイングは、数十年もの間カタルーニャの言語と文化を迫害したフランコ独裁政権へのブーイングでもあった。

レアル・マドリーがフランコの支持を受けていたと言われる理由にはいくつかの推測があるが、主だって考えられるのは、前述のディ・ステファノの移籍をめぐる一連の騒動だ。

バルセロナはこのアルゼンチンのスーパースターをレアル・マドリーによって不法に横取りされたと考え、“誇り”を胸にこの白いクラブとディ・ステファノを共有(ローテーション)することを放棄した。この出来事がヨーロッパでも屈指の宿敵関係を生んだと言われる。

またこのエピソードは、それ以降の移籍騒動も思い起こさせる。レアル・マドリーとバルセロナの間での移籍、もしくは両クラブともに興味を持った選手をめぐる競争は常に遺恨を残し続けてきた。非常に力のあるクラブ同士であるがゆえ、同じ選手の獲得を懸けた争いが生まれてしまうのだ。

ミカエル・ラウドルップ、ルイス・フィーゴ、ルイス・エンリケ、ロナウド、サムエル・エトー……。

また、時代ごとにスター選手を獲得することは、クラブにスポーツ的な利益をもたらすだけでなく、ライバルの強化を防ぐことを意味する。ロナウジーニョ・ガウショ、ウーゴ・サンチェス、ジネディーヌ・ジダンといった歴史的名プレーヤーは、スター選手の獲得によって栄光の時代を切り開けること、覇権の奪取が可能なことを証明してきたのだから。

■クライフ、そしてメッシへ

ディ・ステファノから続いた力学は、ヨハン・クライフが見事に断ち切った。この1970年代の世界ナンバーワンプレーヤーは、アヤックスでのキャリアに終止符を打つことを決めてカンプ・ノウに降り立った。

シンプルなプレーを植え付け、バルセロナを解き放ったこの“14番”が加入した1973-74シーズン、バルセロナはサンチャゴ・ベルナベウでレアル・マドリーを5-0で完膚なきまでに打ち破り、14年ぶりのリーガタイトルを手にした。以降、何年にも渡って、5−0というスコアはバルセロニスモ(バルセロナ主義)にとってのひとつの指標となる。

1994-95シーズン、監督となったクライフはロマーリオ、フリスト・ストイチコフ、ミカエル・ラウドルップ、ペップ・グアルディオラ、ロナルド・クーマンを擁するドリームチームを率い、この輝かしく神聖な5−0のスコアを再び実現した。

このエピソードは究極的で象徴的だ。バルセロナにとってはワインと薔薇に囲まれた時代の、決して忘れられない出来事である。バルセロナはたとえレアル・マドリーが手にしていたヨーロッパのタイトルを勝ち取らずとも、小さな満足感に浸ることができた。あまりにも長い年月の間、クラシコでのたった1勝がバルセロナの多くのシーズンを救ってきたのだ。例えタイトルは勝ち取れなくても、バルセロナにとってレアル・マドリーに勝利することは常に義務だったのだから。

そして、レオ・メッシが現れた。レアル・マドリーにとっては、突然ひどい平手打ちを食らったようなものだっただろう。メッシは貪欲なクリスティアーノ・ロナウドと競い合いながら、世界のフットボールを席巻している。

2005-06シーズン、サンチャゴ・ベルナベウがロナウジーニョに拍手を送ったあの日、メッシはエトーとロナウジーニョと共に攻撃を形成した。また、2008-09シーズンに6-2で勝利した日には、グアルディオラ監督の下で“偽の9番”としてプレーし、2010-11シーズンにジョゼ・モウリーニョのレアル・マドリーに5−0で勝利した試合では、ゲームメーカーとしてチームを牽引した。

さらに、2010-11シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝で実現したクラシコでは、ドリブラーとなったメッシがサンチャゴ・ベルナベウで2ゴールを記録し、バルセロナの決勝進出の立役者となった。これこそ、クラシコの歴代最多得点者の活躍といえよう。

メッシはクラシコの覇権をライバルからバルセロナの元へともたらした。ラウールからバトンを受け取った青年は、古き伝説であるディ・ステファノをも超えたのである。さて、次なるエル・クラシコで、記録はさらに上積みされるのだろうか?

文=ルジェー・シュリアク/Roger Xuriach(パネンカ誌)
協力=江間慎一郎

■放送日程

レアル・マドリー対バルセロナ
4月23日 深夜3時30分〜(WOWOW)

■エル・クラシコ特集 現地記者特別コラム

・「バルセロナはここ8年で最も不安定」現地記者が分析する“異常事態”の現状/コラム
・レアル・マドリー番記者が紐解くクラシコの歴史〜ライバル意識が芽生えた事件〜
・現地記者が紐解くバルセロナとクラシコの歴史〜ラウールがメッシにハグしたあの日〜/コラム
・4月22日公開予定