エミリアーノ・サラが飛行機事故によりこの世を去ってから1年が経過した。愛息を失ったサラの母親が、イギリスメディアの取材に応じて言葉を発した。

2019年1月21日、ナントからカーディフへの移籍が決まっていたアルゼンチン人ストライカー、サラはウェールズに向かう途中、イギリス海峡で消息を絶った。捜索は難航を極めたが、2月3日にチャンネル諸島付近の海底から沈んだ機体が発見され、中から一人の遺体が収容された。亡骸は原型を留めないほど腐朽していたが、タトゥーからこの遺体がサラであると判明した。なお、パイロットの遺体はまだ発見されていない。

消息を絶った1月21日が命日と見られることから、イギリス『BBC』はサラの母親メルセデス、24歳の弟ダリオへのインタビューを行い、その記事を死後1年に合わせて公開した。

「エミが15歳の頃だったかしら。古い家に住んでいたとき、キッチンで急に“ママ、僕はフットボールプレーヤーになりたい”って言い出してね。その夢を叶えるため、エミは15歳でサンフランシスコ(コルドバ州にある都市)に単身で渡ることになったの」

「当時はただの少年だった。彼がいなくなるのを見るのは本当に悲しかったけど、エミはきっと何か大きなことをやってのけるんじゃないかと期待をしていたわ。フットボールが大好きで、愛していたから。そしてプレミアリーグでプレーするという夢を抱いていたの。それを叶えるはずだったんだけど……」

「毎年10月になるとフランスに渡ってね。エミの誕生日(10月31日)をお祝いするとともに1カ月近く現地で過ごしていたわ。私はいつもエミが大好きなパイ生地を持っていって、エンパナーダ(パイ包みのパン)を作ったの。その他には自家製パスタもね。すると彼は“ママ、美味しいからもっとたくさん作ってよ”って言うの。でも、エミはフットボールプレーヤーだから、一週間も経つと魚を中心としたアスリート向けの食事に戻って、自宅のジムで毎日汗を流していた」

家には現在3匹の犬がおり、そのうち1匹はサラが生前フランスで飼っていた小さなメスだという。現在はアルゼンチンの実家で引き取っており「彼女はエミの自宅にいたの。ここに来た瞬間からエミの家だとニオイでわかったみたい。今では大切な家族の一員よ」と、サラの愛犬が形見になっていると明かした。

「エミは恥ずかしがり屋だけど、ファンから写真を求められると快く応じて、2ショットに収まっていたみたい。あれから私のもとに、世界中のファンからエミと撮ったという写真が送られてくるのよ。今でも電子機器を通して、息子の新しい笑顔を毎日のように見るわ。エミを愛してくれたサポーターの皆さんにも感謝したいの」

弟ダリオも他界した兄について「彼がどれだけの人に親しまれていたのか、その感情を知るだけで美しい愛があったんだと痛感する。そして彼がカーディフとの契約に向けて動き出していたとき、ナントに留まるよう熱心に呼びかけてくれたサポーターもいた。もし、その移籍話が実現しなかったら……」と言葉を詰まらせた。

イングランドのプレミアリーグでプレーするのは昔からのサラの夢だったという。アルゼンチン代表としてプレーすることも目標としており、弟は「もちろん代表でプレーするのは限りなく狭き門であることは承知していた。でも兄はそれを望んでいたよ。(リオネル)メッシからパスを受けてゴールを決めることができたら、それがどれだけ素晴らしいかって考えるのは自然なことだよね?」と証言している。

母メルセデスは涙ながらに「彼は自身が著名なフットボーラーだと考えず、毎日修練に励んでいたわ。故郷に戻ってきても常に自然体で、いつもと何も変わらなかった。夢に近づくため英語の勉強だって熱心にしていた。あれから私は生きながらにして実質、死んでいるようなものなの。愛する息子を亡くしたことが昨日のことであるかのように心が痛む。それはもう消えない痛みになっているわ」と語った。

また、サラの父親オラシオは別居状態となっていたが、父は息子を追いかけるように3カ月後の2019年4月、心臓発作で急逝したという。享年58歳。

2019年1月21日に飛行機事故でこの世を去ったエミリアーノ・サラ。母親にとっては世界中のファンから届くメッセージが励ましになっている一方で、愛息を失ったことによる悲嘆の日々がその後も続いているようだ。