「僕は典型的なドイツ人ではないんだ。ご覧の通り、僕は白人ではないしね」

今年の初め、アントニオ・リュディガーはインタビューでそのように話していた。

彼の生まれ育ったベルリン郊外のノイケルンは多くの人種がいることに寛容で、彼の肌の色が生活の支障となることはなかった。だが、彼自身は常にどこかで仲間との違いを少しばかり感じていたようだ。しかし2015年にシュツットガルトからローマに移籍してからは、よりくつろげる感覚があったという。ローマの人々は信じられないほど温かく彼のことを迎え入れた。

「ドイツは気候が寒いだけでなく、ほとんどの人々が冷淡なんだ」

リュディガーは移籍当時にこのような発言を残している。

Antonio Rudiger Germany Confederations Cup

しかしそんな想いとは裏腹に、イタリアでは人間の闇の部分を思い知ることにもなった。それは昨年の12月4日、ホームに宿命のライバルであるラツィオを迎えたローマ・ダービーでの出来事だ。リュディガーはこの日、ローマの2-0での無失点勝利に貢献した。しかしその試合で彼よりもさらに注目を集めたのは、ラツィオのセナド・ルリッチであった。彼は試合後のインタビューで耳を疑うような発言をしたのだ。

「リュディガーは試合前に俺たちを挑発したんだ。2年前、彼はシュトゥットガルトで靴下やベルトを売っていたのにね。それが今やまるで自分が特別な存在かのように振舞っている」

リュディガーが実際に挑発のような行為をしたかどうかは定かではないが、それを差し引いてもこのコメントは攻撃的であると同時に、人種差別的な意味合いが含まれていたのは明らかだ。しかもルリッチがイタリアサッカー連盟(FIGC)に処分軽減を求めたこともあり、この言動によるルリッチの処分はわずか1試合の出場停止。これにはリュディガーを始め、多くの人が違和感を覚えたに違いない。

リュディガーはこの一連の出来事の後、人種差別問題について『ビルト』紙で次のような声明を発した。

「人種差別を思わせるこうした問題は無視できるようなことではないね。僕はとても深刻な問題だと考えているよ。イタリアサッカー連盟が何も行動を取らないのであれば、FIFAがやらなければならない。“No to Racism(人種差別反対)キャンペーン”を行うのはいいけれど、具体的に何もしないのであればそんなキャンペーンには何の意味もないんだ」

Antonio Rudiger racism PS

リュディガーは多くの人々が考えていたことを代弁したのだが、彼は人種差別関係のスポークスマンにならなければならなかったことに不満を抱いていた。それは彼がイタリアにやってきたときには、思ってもいなかった役割であろう。彼はDFとして成長し、多くのことを得るためにセリエAに移籍してきたのだ。そしてそれをしっかりと果たしている。

リュディガーはイタリアに来る前から、どうすることが自分にとっていいのかを見極めることができる選手であった。幼い頃、彼は当時のアーセナルのエースであるティエリ・アンリに憧れフォワードとしてプレーしていた。しかし10代でドルトムントにスカウトされてからは、センターバックにポジションを変え、イタリアの名ディフェンダーであるパオロ・マルディーニ、アレッサンドロ・ネスタ、そしてファビオ・カンナバーロが彼の新たなヒーローとなった。そこで多くの事を学び、ドルトムントで素晴らしい評価を得たのだ。しかし彼はドルトムントを出てシュトゥットガルトへ行った方がいいと感じたのである。

EMBED ONLY Antonio Rudiger Chelsea GFX

「ドルトムントの若手選手育成のシステムは素晴らしいと言われているけど、データを見たらマリオ・ゲッツェがユースからトップチームに昇格して以来、同じように昇格を果たした選手は他に2人しかいなかったんだ。だから僕は移籍を決断した。結果、僕のシュトゥットガルトでのキャリアを見てみると、トップチームで80試合以上に出場したんだ。だからいい選択をしたと思うよ」

実際、彼がヨーロッパの多くのトップクラブから注目を集めたのはシュトゥットガルトに所属していた時のことだった。そこでまずはチャンピオンズリーグ出場に思いを馳せ、2015-16シーズンにレンタルでローマに加入した。

ローマでの初シーズンは序盤に膝に負傷を負ったものの、最終的には先発メンバーに名を連ねるようになる。ところが彼のパフォーマンスは不安定なものに終始していた。ミスが多くチーム戦術への理解度も低かったのだ。

「1、2試合良いプレーができたら、その次は悪い試合という繰り返しだったよ」 彼自身、そのときの低調ぶりを認めている。

しかしヨアヒム・レーブは彼のことを高く評価し、ケガさえなければユーロ2016にドイツ代表として出場していたはずだった。だが大会開幕直前に負った膝の十字靭帯のケガにより大会を欠場することになり、また同時に確定と言われていたチェルシーへの移籍も破談となってしまった。

Antonio Rudiger Roma Stats PS

そんな事情もあって、彼は2016-17シーズンに追加900万ユーロ(約11億円)でローマに完全移籍を果たした。その頃には負傷から回復し、ケガをする前以上に成長したプレーを見せるようになった。

「ケガが治ってやっとプレーできるようになったとき、周りは僕がケガなどしてなかったようだと言ってくれたんだ」 彼は当時の成功をそう回顧する。

リュディガーはローマで着実に成長を続け、セリエAの驚異的な存在となった。右サイドあるいはセンターバックとして彼は並みいるストライカーを封じ込め、スピードのあるサイドアタッカーに対してもしっかりと対応している。パワーとスピードというプレミアリーグでプレーするために求められるフィジカル的な能力も備え、190cmの身長を生かし空中戦でも強さを発揮する。

昨夏、チェルシーへの移籍が破談となったことについて問われた時に彼が答えたのは「僕が言えるのは、コンテは素晴らしい監督だということだ」という話のみ。それでも両者の間の好意的な感情はその後も残り、今回の400万ポンド(約5.8億円)での移籍成立にはコンテからの後押しもあった。

移籍市場においてビルヒル・ファン・ダイクが7000万ユーロ(90億円)もの値札を付けられていることを考えれば、リュディガーはチェルシーにとって素晴らしい買い物である。しかも3バックであれ、4バックであれ、彼はディフェンスラインであればどこでもプレーできる万能さを持ち合わせている。

しかし今のところ、おかしなことにリュディガーの評価はチェルシーファンからはそう高くはない。だが自身の“特別さ”を見せつけるのはこれからだ。リュディガーは新たな土地で自らの力を多くの人に示すことを心待ちにしているだろう。

文=マーク ・ドイル/Mark Doyle