前作の売り上げは10億円足らず。それを今回は50億円に拡大せよ。そういう命令を会社から受けたら、どうするか。日本では無名ではないが大人気というほどでもないSFシリーズの最新映画が、日本で近く公開される。その興行収入を「前作の5倍以上たたき出せ」と社命を受け、挑戦に昨年から取り組んでいるのが、配給会社パラマウントピクチャーズジャパンの星野有香・マーケティング本部長だ。昨年暮れから開始した宣伝プロモーションが、8月23日の公開に向けていよいよ本格化する。「モノを売る」とはどういう行為か、「大ヒット」はどう作るのか、宣伝のプロにうかがった。(gooニュース 加藤祐子)

○ ファン頼みでは50億円は無理だが


『スター・トレック』をまったく知らないという人は、アメリカでは少数派だろう。1960年代にテレビシリーズとして産声を上げて以来、数々の映画やスピンオフのテレビシリーズとして、『スター・トレック』は何らかの形で「いつもそこにある」ものだった。熱心なファンではなくても何となく観ていたという人は多いし、観ていなくてもキャプテン・カークとミスター・スポックの名前くらいは知っているという人が多い。

しかしアメリカを一歩出た非英語圏、たとえば日本ではワケが違う。熱心なファンは大勢いるが、たとえば『スター・ウォーズ』の方がはるかに知名度が高い。昨今では、たとえば『パイレーツ・オブ・カリビアン』とか『ハリー・ポッター』シリーズの方が一般的には有名だろう。

2009 年にJ.J.エイブラムス監督がオリジナル・キャストを一新してシリーズを「リブート(再起動)」させた時、映画『スター・トレック』のアメリカ興収は2億5800万ドルで年間6位の大ヒットとなった。しかし日本の興収は10億円未満。海外市場全体の興収も1億2800億ドルでアメリカの半分に満たなかった。

前作でキャプテン・カークやミスター・スポックといったレギュラー陣に新たにキャスティングされたのは、日本ではあまり知名度のない若手が中心だった。「スター・トレック再生」というそれ自体がファンには大きなニュースだったわけだが、そのニュースバリューがあまり通用しない日本では、ブラッド・ピットやジョニー・デップと言ったいわゆる「ハリウッドA級スター」が出ていない作品だけに、苦戦したのだ。

あれから4年。続編の『スター・トレック イントゥ・ダークネス』公開に向けて、配給会社のパラマウント本社は日本だけでなく「世界市場での興収を拡大する」という世界戦略を立てた。ハリウッド業界誌ハリウッド・リポーターは今年4月10日付で、「パラマウント、『スター・トレック』海外市場の呪いをどう破るか」という記事を掲載。それによると同社は、ワーナー・ブラザースが『ダークナイトライジング』 を海外で大ヒットさせた戦略を参考に、海外マーケティング予算を拡大し、海外での宣伝を強化したのだという。「スター・トレックは宇宙のどこかで起きていること」というイメージから遠ざかろうと、ストーリーの大半は地球上で起きるようにしたと。記事中で同社の宣伝担当重役は「トレッキー的なものから遠ざかろうとした」と話している。

米紙ニューヨーク・タイムズも今年5月2日付の記事で、「『スター・トレック』はハリウッド史上最大のフランチャイズのひとつかもしれないが、意外な欠点がひとつある。キャプテン・カークは海外受けしないのだ」とズバリ指摘。映画の総興収のうち米国外セールスが実に8割を締める昨今、『スター・トレック』の海外不人気はパラマウントにとって大問題だと説明している。記事によるとそのため同社は海外マーケティング予算を前作より35%増やし、俳優たちを「異例な」ほど世界各地のイベントに派遣し、そして公開時期が競合作品とぶつからないように公開日を何度も変更した。さらに、海外の観客動員数を増やすため、物語の大半が地球上で展開するように手を加え、物語を動かす悪役にイギリス俳優ベネディクト・カンバーバッチを選ぶなど、わざとアメリカ以外出身の俳優をキャスティングしたと書いている。

遠い宇宙のどこかではなく、地球上で起きている物語にする。そしてアメリカ以外でも人気の高い俳優をキャスティングする。こうした数々の仕掛けは要するに、作品と観客の間の距離を近づけるための施策なのだと、パラマウントピクチャーズジャパンの星野マーケティング本部長は説明する。


売り上げをいきなり5倍にせよと指令され


<星野有香さん>
パラマウントピクチャーズジャパン、マーケティング本部長。
独立系配給会社ギャガを経て2年前より現職。宣伝マン歴15年目。
宣伝担当作品は100本以上。『スター・トレック』新作を日本で大ヒットさせることが今年最大のミッション。



『スター・トレック』シリーズの日本国内興収はこれまでずっと厳しい状況だった。J.J.エイブラムス監督の前作も、上述のように日本では振るわなかった。前作公開の2009年当時は別の配給会社ギャガにいた星野さんは、前作を観ながら、「こんなに面白い映画がなぜヒットしていないんだろう。もし自分が関わることがあったら絶対にヒットさせたい」と思った。その時はまさか自分が続編の宣伝担当になるとは思っていなかったが、いざパラマウント本社から「興収50億円」という数字を出された時、実はそれほど抵抗を感じなかったそうだ。

『タイタニック』や『ハリー・ポッター』シリーズといった洋画が100億円、200億円と稼ぎだす状況では、もはやなくなっている。2011〜2012年に星野さんが宣伝を指揮して洋画1位となった『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』は、興収54億円。2012年暮れから2013年春にかけて大ヒットした『レ・ミゼラブル』が興収55億円を突破してニュースになった。そういう状況で、前作が10億円に満たなかった『スター・トレック』の新作がなぜ50億円を目指せるのか。その数字の根拠は何なのか。

「作品があるていど認知されている。夏休みに公開する。そして作品の魅力が語れる要素がたくさんある」——。ゆえに50億円は目指せるだけのポテンシャルがあると「宣伝のプロとして思った」と星野さんは話す。

宣伝のプロとして星野さんが挙げる「大ヒットする映画の鉄則」とは、1. アクション、2.ケレン味、3.共感できるキャラクター——の3要素が揃っていることだ。これが揃わなくては50億円規模の大ヒットは見込めない。そもそも「キャラクターに感情移入しないと、人は物語に興味をもたない」のだと。そして今回の『スター・トレック イントゥ・ダークネス』にはこの3要素が見事に揃っている。とすれば必要なのは、それを日本の観客に伝えること、観客と作品との距離を埋めることだ。『スター・トレック』をそもそも知らない人に興味を持ってもらう。あるいは『スター・トレック』に何かマイナスのイメージをもっていて敬遠しそうな人に、「いやいやあなたたちが思うスタトレをはるかに越えたエンターテインメントだよ」と伝える。そのための作業を重ねていくことだ。

その作業がややもすると、もともと作品世界や出演者を愛しているいわゆる「ファン」や「オタク」からすれば「自分たちがくすぐって欲しいのはそこじゃない」と批判されかねない。けれども「ファンの人たちはいずれにしても、たぶん観に来て下さる。ところが50億円となると、年に3〜4回しか映画館に行かない人を呼び込まなくてはならない。都会の人も、田舎の人も。映画通でもオタクでもない人にも観てもらうために、何をすべきか。そこを考えるのが、映画を売るための仕事なんです」。