選挙戦は終わり、結果が出た。

 「やった!」と喜んでいる人もいれば、「あ〜ぁ」とため息をついている人もいるだろう。冷めた、あるいは諦めに満ちたまなざしを送っている人も少なくないはずだ。

 泣いても笑っても、これから何年かの日本の政治は、自民党が率いていく。まもなく総理大臣に就任する安倍晋三氏にまず望みたいのは、できるだけ短命政権に終わらないようにしてもらいたい、ということだ。

 5年5か月に及んだ小泉政権が終わってから6年もの間、日本では毎年のように首相の交代劇が繰り返されてきた。安倍氏自身、前回は丸1年で政権を投げ出す苦い経験をした。トップが次々に変わることが、国際社会での日本の存在感の低下の一因にもなっているとの指摘もある。このような状況には、いい加減、終止符を打たなければならない。

 そのために、安倍氏にはいくつか心がけていただきたことがある。

(1)健康に気をつける

 安倍氏自身は、新薬のお陰で治ったと強調し、選挙向けのパフォーマンスもあって、カツカレーなどを食べて見せたりもしていた。しかし、潰瘍性大腸炎は完治が難しい病気だとも言われている。大災害への対応や難しい外交交渉など並大抵ではないストレスがかかる総理の責務を果たすためには、どうか謙虚になって、体調管理には万全を期して欲しい。

(2)異なる意見に耳を傾け、合意形成の努力をする

 今回の選挙で、自民党は小選挙区(定数300)の79%にあたる237議席を獲得したが、得票率は有効得票総数の43%ほど。比例選(定数180)の得票率は27.62%で、大敗した前回(2009年)の26.73%とほぼ同じ。自民党や安倍氏が広く支持されたというより、民主党が自滅した結果の大勝利であることは、安倍氏自身もよく認識していると思う。

 前回は、「お友達内閣」などとも称された側近政治が、失敗の原因の一つとなった。今回はその轍は踏まないでもらいたい。そして、党内はもとより、野党の意見にもできるだけ耳を傾け、数を頼みにせず、できるだけ広い合意を目指して欲しい。

(3)必要なものからやっていく現実的で実務型の運営を

 安倍氏には、理想とする国家像があり、憲法改正も強く主張してきた。しかし、国民の多くが取り組んでもらいたいと思っているののは、そうした「理念」よりも、現実の生活であり経済であり、持続可能な社会保障の制度作りなどだろう。周辺の諸国、とりわけ中国との関係も、できるだけ穏やかな状況にしなければ、経済への影響が大きい。「理念」を押し通すのではなく、実務型の内閣であってもらいたい。

 自民党は、選挙で「日本を取り戻す」というスローガンを掲げた。その言葉からは、かつてのような強い経済大国としての日本を復活させようという意気込みを感じさせる。しかし、超高齢化が進行中で、生産しながら消費も活発に行う年齢層がどんどん減っていく今、そんなことは無理だ。高度経済成長期やバブル経済の頃の思い出とは、きっぱり決別しよう。

 今の日本で政治に求められているのは、「保守」であり「維持」だと思う。「保守」といっても、イデオロギーにおけるそれではなく、高速道路や下水などのインフラの「保守」であり、老いたり病気になったり失業しても何とかなるという社会システムの「保守」。人も設備も高齢化していく中、これまでの日本が築いてきた、そこそこ豊かで快適な暮らしを維持するのは、相当の努力と工夫が要る。しかも、新しい道路や橋を完成・開通させるのと違って、「保守」や「維持」は実績として目に見えにくい。あまり大風呂敷を広げず、威勢のいいことを叫ばず、地道に黙々と地を這うような政治をやって欲しい。

 そのためにも、国民も、そしてマスメディアも、すぐに華々しいな結果が出ないからと、短気を起こして”引きずり降ろしモード”にならないよう気をつけたい。前回の政権交代の時、民主党は理念が先行しすぎ、準備不足もあって、約束が果たせず結果が出せないことが多かった。たとえば、最初の鳩山政権のつまづきは、普天間基地の移籍について「最低でも県外」の約束が守れなかったことだった。多くの批判が集まり、鳩山氏自身の金銭問題もあって、1年も持たずに退陣に追い込まれた。失敗から教訓を学び、問題を改善し、成長することを、国民やメディアは許さなかった。

 大臣にしても、つまらない自虐ギャグのような「失言」までが国会で追及され、大事のように扱われ、辞任に追い込まれることもあった。田中直紀防衛相や田中慶秋法相のように、資質が疑問視される場合はやむを得ない(そもそもそういう人事がなされないようにしてもらいたい)が、ちょっとした言動をあげつらって引きずり降ろすというのを繰り返していては、人が育たない。

 かといって、ただ黙って政府のやることを見守る、というのも違う。よく選挙の時には、「○○に今後の日本を託す」という言い方をするが、私はこういう物言いは間違っていると思っている。

 「託する」とは「物事の処置・運用を人に頼んでまかせる」(大辞林)ことだ。日本のこれからを、私たちの生活を、誰かに「頼んでまかせ」っぱなしにはできない。政府に対する注文、提案、意見、要求、批判等々は、これまで以上に出していきたい。そうしたことを、国民が考える材料になるのは情報。メディアは、これまでのように政局中心の報道ではなく、今、どのような法案が論議されているのか、どういう政策が必要なのかを丁寧に報じなければならない。私も、ジャーナリズムに関わる者の一人として、肝に銘じたい。

 選挙が終わった今、私は先月行われた米大統領選挙で勝利宣言をした際のオバマ大統領のスピーチの一節を、思い起こしている。オバマ氏は、国民に向かってこう呼び掛けた。

「皆さんの仕事がこれで終わりだというわけではありません。この国の民主主義における市民の役割は、投票でおしまいではないからです。」

 そもそも、社会をよくする、という仕事は政治家だけのものではない。政治家だけでできるものでもない。

 確かに、政府は大きな枠組みや方向性を決める大きな権限を持ってはいる。けれども、社会で生じている問題のすべてをすくい上げて手当することは難しい。

 自分の身の回り半径5メートルにある課題について、気がついた人が声を挙げ、何か行動していこうーーそんな発想で、病気の子どもを預かる病児保育の事業を始めた駒崎弘樹さんは、著書『「社会を変える」を仕事にする』(ちくま文庫)の中でこう書いている。

〈僕たちはそれぞれの職場で真面目に働くことだけをいいこととして、社会をよくしていこうということについては、国や自治体や「誰か偉い人」の仕事だと思っている。

 幸運なのか不幸なのか、日本はこれからアメリカのように「小さな政府」になり、国や行政は、国民の何もかもをケアすることを放棄せざるをえなくなる。(中略)だとしたら、民間において、NPOやソーシャルベンチャーが、国や行政が見放した、あるいは手が出せないような領域をカバーしていかなくては、問題は放置され続けてしまう。(中略)政治家や官僚だけが世の中を変えるのではないのだ。「気づいた個人」が事業を立ち上げ、社会問題を解決できる時代になっているのだ〉

 気づいた人が動き出せば、政治家に働いてもらわなければならない場面が出てくるだろう。それが政治家を育てることになるだろうし、誰がまともに対応するかを見て次の投票行動につなげる、ということもあるだろうのではないか。

 とにかく、選挙は終わった。

 残念ながら投票率は低かったけれど、それを嘆いていても仕方がない。

 私も、あまり大風呂敷を広げず、虚勢を張らず、自分の身の回り半径5メートルが、少しでもよくなるように、自分に何かできることを考えたい。できれば、来年の7月の参院選までに、その「何か」をみつけられれば、と思っている。

 ところで、最後に最高裁裁判官の国民審査についてのご報告。私の問題提起に対して、多くの方が呼応して、投票用紙に×をつけるという行動を起こした。一票の格差の是正を求める弁護士グループが新聞広告などで精力的に呼び掛けたこともあって、今回は前回より投票率が大幅に下がったにも関わらず、つけられた×の数はむしろ増えた。

 ×が増えたことを喜ぶわけではない。また、全裁判官に×をつけることが正解と考えているわけでもない。国民審査の制度の問題点を一人ひとりが考え、それに対する異議申し立てなどの意思表示をしようと実行に移したことが尊いのだ。

 私自身も、ツイッターなどで寄せられた意見で、今までは知らなかった問題に気づかされることもあった。今回の人々の意思表示が、制度の改善につながるよう、政治家たちにもしっかりと働いてもらいたい。いや、働かせたい。


<筆者紹介> 江川紹子  1958年生まれ。東京都杉並区出身。ジャーナリスト。神奈川新聞社を経てフリーに。オウム真理教問題、冤罪事件や災害、教育問題などについて取材活動を重ねる。コメンテーターとしてのテレビ番組出演や雑誌記事執筆、著作も多数。