特定の政党や政治家を強く支持していたり、返さなくてはならない義理がある人を除いて、今回ほど投票意欲の湧きにくい選挙はないのではないか。

  何しろ、すべてのマスメディアが、与党の大勝利を「予言」している。いや、「予言」などと言い方は曖昧に過ぎる。「断言」と言った方がいいかもしれない。何しろ、1人区は自民党が総なめの勢いらしい。有権者にすれば、「結論が決まってるなら、今さら…」の気分だろう。それでも、自公大勝で結構、という人はハッピーだろうし、大いに盛り上がればよい。だが、「それはちょっと…」と思う人は無力感が募っているに違いない。

  そういう人たちも、定数2議席以上の複数区では、選挙区選挙でも野党議員を選ぶ選択に参加することはできる。しかし、こういう選択は、何やら敗戦処理をしているような気分に陥る。それに、「ここなら」「この人なら」という強烈なインパクトで引き寄せてくれる政党や候補者が、そうそういるわけでもない。誰を選んだとしても、衆参両議院で圧倒的な与党の前に何ができるのかを考えると、これまた途方もない無力感にとらわれていることだろう。

  だが、選挙後に思いを巡らしてみると、無力感に身を任せてばかりついているわけにはいかない、ということに気づくだろう。

○3年間の白紙委任、その善し悪し

  与党が圧倒的多数を占める衆院を早期に解散するとは考えられず、この参院選の後は3年間、国政選挙は行われない。私たちは、今後3年間、今の政権を全面的に信頼し、全てのジャンルにわたって任せる白紙委任状を渡すのか。それとも、参院にそれなりのチェック機能を確保しておくのか。今回の参院選は、それを決めるものだ。

  安倍首相は、選挙戦5日目の8日、街頭演説で目標議席について、こう述べた。

  「安定多数により、政治の安定により誇りのある日本をつくっていく」

  これを聞いた報道各社は、次のような見出しを打った。

〈首相『安定多数』明言 目標70議席に引き上げ〉(産経新聞電子版)

〈安倍首相「安定多数」に言及=参院選目標引き上げ〉(時事通信)

  首相はそれまでの目標を「与党で過半数」と述べ、自民、公明両党で63議席を目指すとしてきた。それを70議席に引き上げ、「安定多数」を得れば、すべての常任委員会で委員長のポストを独占し、委員の半数以上を占めることができる。

  その後、安倍首相はこの言葉を引っ込め、「安定的な政治の力を与えてほしい。ねじれを解消する過半数を」という発言に戻った。しかし、単なるノリや勘違いで「安定多数」を口走ったのではあるまい。「与党の70議席は確実」と断言しているメディアもある。「安定多数」発言は、安倍首相の自信の現れと見るべきだろう。

  では、与党が「安定多数」を確保した場合、国会はどういう状況になるのか。

  衆議院では、自民党単独で294議席を有し、公明党と合わせると、3分の2以上の議席を制する「圧倒的多数」の状態。法案の強行採決はもちろん、秘密会の開催や国会議員の除名も与党議員の出席だけでできる。参議院で否決された議案も、衆議院で再可決できる。また、公明党が慎重な憲法改正については、日本維新の会と組めば、発議に必要とされる3分の2以上の議員を確保できる。

  なので、参院で野党が多数派を形成していても、与党が通したい法案は通すことができる。最近の国会で、首相問責が決議され重要法案が廃案になったのも、「ねじれ」のせいではない。法案を可決させたければ、法案の決議を先に行い、その後で問責決議の採決を行えばよかったのだ。なのに、自民党が委員長ポストを握る参院議院運営委員会が、問責決議の先行を決めてしまった。「ねじれ」の弊害を演出するためだろう。

  ただ、与党とすれば、「ねじれ」のために思うようなスピードでコトが進まないいらだちはあるはずだ。衆院定数0増5減を決めた選挙改革法案のように、意見が激しく対立している法案については、野党が参院の多数を占めていると、なかなか採決ができない。60日間が経過すれば否決されたとみなされ、衆院で再議決ができるが、与党からすれば著しくスピード感に欠ける。

  今回の選挙で与党が大勝し、参院で「安定多数」を得れば、政府や与党議員が提出した法案は、どんどん衆院を通過し、参院でもするすると採決されていくことになるだろう。与党がやりたい政治が、実に効率的に行われることになる。

  現政権を支持している人にとっては、この事態は「望ましい」だろう。ただ問題は、今後3年間にわたって、あらゆるジャンルで、支持を続けられるかどうか、だ。

  その自信がある、という人にとっては、選択は簡単だ。迷うことなく、与党に1票を投じればよい。

  だが、そこまでの白紙委任状を渡してしまうのは不安だ、という人もいるだろう。現政権のある分野の政策は支持しても、別のジャンルについては支持できない、という人もいるはずだ。もちろん、現政権のやることは、ほとんどすべて賛同できない人もいる。そういう人たちにとっては、参議院にある程度のチェック機能は残しておく必要がある。

  かつては自民党の中で派閥が力を持ち、党内野党としての役割も果たしていた。その派閥は今では弱体化し、安倍首相に対してモノが言える重鎮もいない。そんな状況では、参院のチェック機能は、より重要になっている、とも言える。

  「ねじれ」は、与野党の政争に利用されれば最悪で、政治は動かなくなる。だが、法案を複眼的に検討し、社会の多様な価値観を反映させるために働けば、大いに意味がある。与党が衆院の数を頼みに暴走しそうな時には、ブレーキ役にもなる。そのような機能を参院が果たすには、軽く「ねじれ」ているか、与野党が拮抗するくらいがちょうどいいのかもしれない。

  そのためには、無力感を振り払って、投票に行かなければならない。1人区で、もうすでに当選者は決まったも同然、という選挙区の有権者も、比例代表がある。選挙区では勝ち馬に乗り、比例ではチェック役、ブレーキ役を選ぶという選択の仕方もあるだろう。

 

○ 憲法から「個人の尊重」が消える?

 では、今のような状況で、有効に機能してくれそうなチェック役やブレーキ役を選ぶにはどうするか?

 私は、まずは自民党の公約集を一読することを勧めたい。その中で、一番気がかりな項目、これから3年間にやって欲しくない事柄を抜き出し、そのジャンルについて、自分の考えに近く、チェック役やブレーキ役としての機能できそうな候補者や政党を選ぶ。与党が圧倒的多数な中で動くのだから、それなりに能力の高い人を見極めたい。

 気になる項目は、人によって違うだろうが、私が特に注目したいのは、憲法問題だ。自民党公約集では、経済政策が前面に打ち出され、憲法については最後に書かれているが、実はこれが最も重要な選挙の争点ではないか、と思う。

 安倍首相は、憲法改正に並々ならぬ熱意を持っている。参院選後の3年間で、改憲のための道筋をどの程度つけるのかは、今回の選挙結果が大きく影響する。

 大切なのは、憲法をどのように変えたいのか、だ。

 自民党はすでに憲法改正草案を発表している。自民党のホームページから簡単にダウンロードできるので、投票の前には、ぜひ読んでおきたい。

 私は、初めてこれを読んだ時、本当に驚いた。日本国憲法で馴染んできた「個人の尊重」が消えている。基本的人権にも「公益または公の秩序に反しない限り」という条件がつけられる。家族が助け合うといった、私的な領域にまで国民の義務を課される。さらに国民にも憲法遵守義務が課せられる…。その他重要な項目で、私たちに価値観の変容を次々に迫る内容になっている。自衛隊に関しても、「国防軍」と名称を変更するだけでなく、多国籍軍の戦闘行為に参加できるようになる。この改正案が通れば、日本は、これまでの平和主義とは全く違う道を進むことになるだろう。

 せっかくなので、現行憲法にももう一度目を通し、比べてみたらどうだろう。今、書店やコンビニで日本国憲法についての本がよく売れている、という。そこそこの規模の書店では、平積みになっている。国民の基本的人権や国の骨格を定めている憲法に、多くの人がもう一度目を向けようという気持ちになったのは、安倍首相の問題提起のお陰だ。

 憲法をどうするかで、国民の生活や生き方、国の形が変わってくる。私はどういう国に住んで、どういう人生を送りたいのか。この国を、どんな国にしていきたいのか。3年先と言わず、5年先、10年先、さらにはもっと先の将来のことを考えながら、投票日を待ちたいと思う。


<筆者紹介> 江川紹子  1958年生まれ。東京都杉並区出身。ジャーナリスト。神奈川新聞社を経てフリーに。オウム真理教問題、冤罪事件や災害、教育問題などについて取材活動を重ねる。コメンテーターとしてのテレビ番組出演や雑誌記事執筆、著作も多数。