1989年3月、アメリカ・ユタ大学化学化主任のスタンリー・ポンズ教授(当時48)と、イギリス出身でポンズ教授の指導者マーチン・フライシュマン教授(当時62)が「常温核融合」に成功したと発表した。この大ニュースは日本の新聞では、1段十数行の小さな記事で紹介されただけだったが、水野氏はさっそく追試と再現実験に取り掛かった。

■実験「成功」で騒動の渦中に
 


  実験で使用した簡易炉
核融合とは、水素やヘリウムなど軽い元素の原子核同士が融合し、より重い別の原子核がつくられることをいう。
この過程で大量のエネルギーが放出される。例えば、太陽は水素の核融合により、毎秒6億トンの水素をヘリウムに変換し、年間で1.2×10の34乗ジュールのエネルギーを放出している。核融合が「人工の太陽」と言われる所以だ。

核融合のエネルギー変換効率(ε)は最大0.4%と非常に高い。
例えば原子力発電、ウランやプルトニウムなど重い元素の原子核を分裂させる核分裂のεは0.07%に過ぎない。それに水素は、宇宙にほぼ無限に存在している。そこから簡易にエネルギーを取り出すことができれば、環境問題は解決し、政治経済・産業構造は一変する。

しかし、核融合には太陽のような想像を絶する超高温、超高圧の環境が必要と考えられている。それを「常温」で実現したというのだから、大ニュースであった。

「水素の挙動にはまだ未解明のことが多いわけですが、その最大の謎が常温核融合現象です。ユタ大の発表『パラジウム金属を重水溶液の中で電気分解したら、大量の熱が発生し、同時にトリチウム、γ線も検出され、核融合反応が裏付けられた』というニュースを聞いた時は、「本当にあるのか!」と、とても驚きました」

「フライシュマンは、アカデミーの世界では有名な大先生ですから、その人が言うのだから本当だろうと… その際、何らかの核融合反応が起きているのであれば当然、中性子が発生しているはずだ、だから中性子を計測すればどんな反応なのか分かるはずだと考えました」

ユタ大の発表当時、水野氏は助手(当時)になっていた。追試は、Li(リチウム)を加えた重水でパラジウム(Pd)を電解する方法で、当初こそ「異常な発熱」も中性子も観測することはできなかったが、1か月後、わずかながら中性子が観測されたという。

この結果は、ややオーバーな見出しながら「北大工学部 常温核融合の追試、成功 わが国初、中性子を検出」(1989年6月3日北海道新聞)などと報道され、取材が殺到。水野氏はCF騒動の渦中の一人となった。

しかしその後、世界各地の研究者による追試で、CFは再現されなかった。北大でのさらなる追試でも思うような結果は得られず、米国政府はユタ大の発表から半年後、CFを否定。研究は世間から忘れられたが、水野氏は実験を繰り返していた。

■奇妙な現象に遭遇する

そして、奇妙な現象に遭遇する。ユタ大の発表から7年後の1996年5月のことだった。

「完全に密閉して、不純物など絶対に入らない構造のガラス製のセル(筒状の容器)に軽水と高純度白金の触媒を入れ、Pdを3か月間、数10mAの電流密度で電解した時です。セルの底には細かい黒い砂のような沈殿物がありました。
最初はなんらかの理由で入り込んだ不純物かと思いましたが、何度やっても同じように出てくるのです。それで、沈殿物を分析したところ、それは主に鉄でした。実験前には鉄なんてどこにもありませんから、なぜだろう、何だろうと」

鉄を詳細に分析したところ、元素の同位体分布が自然界と大きく異なっていたことが分かった。なんらかの核的な反応が関わっているとしか考えらなかった。結果は1996年、「カソード電解によって励起されたPdの析出元素の同位体異常」という論文にまとめられ、1996年、学会誌に掲載された。

■竹槍でB29を打ち落としたような実験

最初、論文はいくつかの海外のジャーナルに投稿したが、「化学的な反応による核的な変化を扱った論文は採用できない」「理論的な記述がない」という反応だった。「推論である」と但し書きをつけて書き直しても、「その理論がおかしい」と受理されなかった。最終的に、日本の電気化学会誌が受理した。

「ただ、掲載された後も、化学実験で核変換があるのではないか、という趣旨ですから、周囲からは『よくこんな論文が通ったな』と言われましたよ。『化学実験で核ウンヌンなんて考えられない』と変人扱いです。私もそう思っていました(笑)。化学的実験で核変換を起こしたなんて、竹槍でB29を打ち落としたようなものですからね、実際…」

水野氏は、CFとは、原子核がほかの原子核に変化する「低エネルギー核変換」ではないかと考えるようになった。「常温」という表現で誤解されやすいが、水野氏の実験でも、「核変換」の環境は60から100気圧、数百度の温度で行われている。
そして定年直前の2008年6月、簡易炉を使った実験で、通常の化学反応では起こりえない発熱とγ線を検出したという。

■常温核融合を否定した学会から招待が…


  水野氏の研究室
最初にCFを否定したアメリカ化学会(ACF、世界最大の化学系学術団体)が2008年、Low-Energy Nuclear Reactions Sourcebook(低エネルギー核変換資料集)を出版。ACFは3月、CF発祥の地であるユタ州ソルトレイクシティーで学会を開催し、水野氏は招待講演に呼ばれた。同様に、アメリカ物理学会からも論文の執筆依頼があるという。

「CFの最大の難点は、再現性の悪さです。条件設定が非常にデリケートなのです。ただ、実験道具などの技術も進歩し、再現性も最近はだいぶ向上しています。ACFの姿勢など、CFを取り巻く環境変化の背景には、そうした面もあると思います」

「『常温』という言い方に偏見があることは承知しています。一般に、核融合には100万〜1000万℃の環境が必要と言われますから、これに比べれば、はるかに『低温』ですけどね。
いずれにせよ、低エネルギー核変換は事実だと確信しています。低エネルギー核変換は、エネルギーを得るだけではなく、不安定重元素を安定元素に変えるなど、例えば放射性廃棄物の処理などにも応用可能な技術です」

「『CFもしくは低エネルギー核変換は夢物語』など、性急に結論を急ぐべきではないと思います。私は35年以上、学生と付き合ってきましたが、昔も今も、彼らの向学心や希望は変わってないと感じます。後に続く人のためにも、CF研究を発展させたいのです」と語る水野氏は、定年後も特任助教として大学に残り研究を続ける。また、水素技術を応用開発するHEAD(ヘッド)という会社も立ち上げるという。水野氏の常温核融合への思いは、変わることなく続いている。


田中 徹(たなか・てつ)
ジャーナリスト 1973年、北海道小樽市生まれ。95年、早稲田大学社会科学部卒後、地方紙記者に。これまで警察、遊軍、教育・大学、テレビ局派遣などを担当。現在、地方支社勤務。