AP通信社は、フセイン元大統領の死刑判決に先立ち、元大統領が弁護団に託したとされるメッセージを配信した。それによればフセイン元大統領は、「侵略した国々の国民を赦しなさい。裏切り者が悔い改めるのであれば、赦しなさい。民族・宗派対立を避けるべきだ」と述べたとのことである。(中東調査会上席研究員・大野元裕)

  悪名高いサッダームは、悔い改めたのであろうか。それとも、死を予感し、無我の境地に入ったのであろうか。

  サッダームはもともと、演説を書くのが趣味だ。のみならず、その弁舌に任せてバアス党内での論争を制してきた人物である。それどころか、大統領としてしばしば、「人間とは、かくあらねばならない」と論じては自分自身の弁舌に酔う傾向が強く、意味不明になったり、最初と最後で主張内容が入れ替わってしまうケースも散見された。もしかするとサッダームは、死刑判決というタイミングで内外の耳目が自分の発言に集中するのを十分承知した上で、今改めて自らの立場を正当化し、自分の言葉に酔っているのかもしれない。

  あるいは元大統領のメッセージは、サッダームとイスラームの距離感を如実に反映しているのかもしれない。サッダームをはじめとするバアス党幹部の多くは、制裁下の90年代後半以降、イスラームへの傾倒を強めていったが、それは反米を正当化する政治的ポーズの意味合いを含んでいたはずである。

  ミッシェル・アフラクというキリスト教徒(後にムスリムに改宗)によって創設され、進歩的社会主義を標榜するバアス党は、元来世俗色が強かったが、90年代中ごろから政治的ポーズにとどまらない宗教化傾向を見せてきたのである。

  バアス党幹部のパーティなどでは、イスラームの説教師やスーフィ(神秘主義)のタリーカ(教団)が招かれる等、90年代前半までには考えられない事態が起こっていた。サッダーム自身も、宗教的字句を多用し、法廷で見られたようにコーランの一説をつぶやくことが多くなった。

  イスラームの柱となる教義のひとつは、寛容さと赦しだ。死刑判決を前にあえてこの「寛容と赦し」を強調したサッダームは、自分の敬虔(けいけん)さを表現したのだろうか。あるいは自分を敬虔に見せようとしたのだろうか。

  その一方で、昨年10月の公判開始以来、サッダームが一貫して維持してきたのは、自らがまだ正当な大統領であるという主張だ。自分はまだ正当な大統領である以上、米国の戦争もイラク新政権も不当であり、ゆえに彼らがサッダームを裁く法廷も正当ではあり得ないと、彼は主張し続けた。

  この立場に立てば、サッダームが「大統領=自分」の慈悲深さを強調するのも、不思議ではない。サッダームはかねてから「慈悲深さ=自らの権威を正当化するもの」と位置づけてきたからだ(しばしば言行不一致ではあったが)。

  最初の公判冒頭に裁判官がサッダームの名前を訊ねた際、彼はこう答えた。「私はイラクの大統領であり、あなたは私を知っているはずである」と。この発言から最近の談話に至るまで、サッダームは終始一貫「大統領」を演じ続けているようだ。

  この談話は、宗派・民族対立に巻き込まれ、国民の信を得られない現イラク政権に対する皮肉になっている。しかしその一方で、ほとんどイラク内外で報道されておらず、その他のサイド・ストーリーのほうが多く取り上げられて有名になっているようだ。サッダームの最後のあがきとも取れるメッセージは、何らかの政治的意図の下に抹殺されようとしているのだろうか。自らの慈悲深さを強調するかのようなサッダームのメッセージは、「私は大統領である」との主張と同様に、空虚なものに過ぎないのだろうか。


<筆者紹介>大野元裕(おおの・もとひろ)
(財)中東調査会上席研究員。1991年の湾岸戦争勃発時には、イラクの日本大使館で専門調査員としてイラク政府をウォッチしてい た。NHKニュースなど各メディアで中東情勢について解説。現場経験と知識に基づいた、分かりやすい解説・コメントに定評がある。

<関連リンク>
「広場─MAIDAN」(大野元裕さんのHP)
Wewomuiteblog (大野元裕さんのブログ)

<大野さんのこれまでのgooコラム>
・「旅客機爆破計画:英国の若い二世たちに何が起きたのか?」(2006年8月18日) 
・「元大統領は銃殺を希望する」 (2006年7月29日)
・「ジダンの涙」  (2006年7月13日)