バラク・オバマ米上院議員の最初の自伝は、まさに父親探しの旅をつづったものだった。そして2冊目の本のタイトルは、大人になって見つけた「心の父」の説教からとったもの。素人による軽々しい心理分析は慎むべきだが、オバマ氏がここにきてジェレマイア・ライト師に「決別宣言」したというニュースは、これがオバマ氏にとって真の「父との決別」であり、成人するための通過儀礼だったのかな――と、つい大げさに解釈してしまいたくなる。にもかかわらず、あるいはやはり、オバマ陣営にはかなり手厳しい世論調査結果が5月1日に出た。(gooニュース 加藤祐子)


○ 「オバマが勝つ」予想が18ポイント低下

ニューヨーク・タイムズとCBSテレビが4月25日から4月29日にかけて実施した世論調査によると、「誰が民主党の候補指名を得ると思うか」との質問に、回答者の51%がオバマ氏と答え、34%がヒラリー・クリントン上院議員と答えた。1カ月前の同調査では、オバマ氏69%、クリントン氏21%だったのに。この18ポイントもの下落は、ペンシルベニア予備選の結果が最大要因となっているだろうが、調査が29日までだったのが目を引く。つまり4月28日のライト師の発言、そしてそれを受けた翌29日のオバマ氏の記者会見が、要因として含まれていると思われるからだ。

ライト師の過激発言問題。今年3月にABCニュース報道で出火して以来、火消しをしても火消しをしても延焼し続けたものが、ここにきて遂に目盛りを振り切ったようだ。オバマ氏は4月29日に記者会見し、「誰かの言うことが、自分の基本的信念とあまりに食い違うようなら、そしてナショナル・プレスクラブを前にそれについて私に問いただすようなら、もうそれで十分だ。私を侮辱するもので、私たちがこの選挙戦でやろうとしていることへの挑戦だ。(中略)私とライト師とのこれまでの関係がなんだったにしても、今回のことでそれは変わってしまった。牧師は、私のことをあまり考えてくれていないと思う。さらに大事なことに、私たちがこの選挙戦でやろうとしていること、アメリカ国民のために私たちがやろうとしていることを、牧師は考慮してくれていない」と発言。これを各国メディアは事実上の「決別宣言」と伝えた。

わずか6週間前の3月18日には、問題視されたライト師の一連過激発言について、「全く同意しない」が、「彼との会話の中で一度たりとも、特定の人種を見下す発言をするのを聞いたことがない。関わった白人は丁寧に礼儀深く扱っているし、それ以外の態度は見たことがない。(中略) 私は、黒人コミュニティと縁切りできないと同じように、ライト師と絶縁などできない。自分の白人の祖母を切り捨てるわけにいかないのと同じように、ライト師を切り捨てるわけにはいかない」と述べていた。あるいは「(ライト師は)年取った伯父さんみたいなもので、私とは全く考えの違う意見を言うこともある」と。それが6週間たった今や、「関係は変わってしまった」と。この違いたるや。


○希望することの大胆不敵

あちこちで書かれているが、オバマ氏は約20年前、シカゴの教会でライト師の説教を聞いて、涙を流すほど感動し、そして自覚的なキリスト教徒となった。ハーバード・ロースクールに行く前。シカゴで地域再生のための住民運動をとりまとめていたころ。その後もライト師に、結婚式を司式してもらい、そして娘2人に洗礼を授けてもらっている。ということはライト師は過去20年前にわたってオバマ氏の「心」の生活に、何らかの影響は与えてきたはず。まさに「わが心の師」だったのではないか。

州議会議員だったオバマ氏がいきなり「民主党の星」として全国区的存在になった2004年党大会でのあの名演説にも出てくる、そして事実上の大統領出馬宣言ともいえる2006年発表の著書「The Audacity of Hope (邦題・合衆国再生:大いなる希望を抱いて)」。これは、オバマ氏が初めて聞いたライト師の説教「The Audacity to Hope」からとったフレーズだ。

それほどまでにオバマ氏の心に近い存在。だからこそ、米メディア(特にFox Newsを中心とした保守系メディア)は、ライト師の過去の説教内容をこれほどまでに問題視してきたのだ。

米同時多発テロについていわく、「この国はパレスチナ人と南アフリカの黒人に対する国家テロを支援してきた。なのに今、私たちは、自分たちが外国でやってきたことのツケが自分たちの前庭に降り掛かって来たからといって、悲憤慷慨している。アメリカがやってきたことのツケが回って来ただけだ」と(2001年9月11日の5日後の日曜日)。

いわく、「政府は、有色人種根絶の目的でHIVウイルスを開発したのだ」など「政府は嘘をつく」と繰り返した後、「政府は(奴隷にしていた黒人に)麻薬を与え、刑務所を大きくし、再犯3回で厳刑という『三振法』を作り、その上でなお私たちに『神よ、アメリカを祝福したまえ(God Bless America)』と歌えと言う。とんでもない。神よアメリカを祝福したまえ、なんかじゃない。神よアメリカを呪いたまえだ(God Damn America!)! 聖書にもある。罪なき者を殺した罰に。神よ、アメリカを呪いたまえ! (アフリカ系)市民を人間以下に扱ってきたアメリカを、神よ呪いたまえ!」と(2003年4月)。

この「God Damn America!」を、米テレビは今年3月半ばから、繰り返し繰り返し繰り返し、何度も何度も放送した。そしてもちろんYouTubeでも。


○「God Damn America!」と言われてしまっては…

オバマ氏がペンシルベニア予備選でブルーカラー白人層の票をごっそりクリントン陣営にもっていかれたのは、このライト師の「God Damn America!」とは無縁の現象ではない。前々回に書いた「bittergate」(小さな町村の労働者を侮辱した、と取られた発言)と合わせて、保守系白人と白人労働者の票が得られないとなったら、民主党レースはおろか、本選でどれだけ戦えるのだろうか。

少なくとも、オバマ陣営はそう判断したはずだ。とりわけ、よりによってライト師本人が。満座の注目を浴びているのが分かっている今になって。問題視されている自分の発言を繰り返してしまったものだから。わざわざワシントンで。全米有色人種地位向上協会(NAACP)を前に。あるいはナショナル・プレスクラブを前に、4月28日。

いわく、「これはジェレマイア・ライトへの攻撃ではない。オバマ上院議員とは何の関係もない。これはアフリカ系アメリカ人の信仰の伝統を全く知らない人たちが仕掛けた、黒人の教会への攻撃だ」。

同時多発テロについていわく、「イエスはおっしゃった。『あなたが人に求めるごとく、あなたも人に行いなさい』。自分たち以外の人々にテロ攻撃をしておいて、自分が報復を受けないなんてことは無理な話だ。これは聖書に書かれている教えだ。ジェレマイア・ライトの煽動的で分断的な教えではない」。

いわく(アフリカ系米国人の権利向上や団結を呼びかける強硬派ムスリム団体「ネーション・オブ・イスラム」の指導者ルイス・ファラカン議長について)、「彼は20世紀と21世紀における最も重要な発言者の一人だ。(中略)ルイス・ファラカンは私の敵ではない。私に鎖をかけたのは彼ではない。私を奴隷にしたのは彼ではない。私の肌の色をこうしたのも、彼ではないのだ」。

さらに、またHIVウイルスは有色人種根絶のために米政府が開発したと本気で信じているのかと問いただされたライト師は、これも撤回しなかった。米政府は嘘をつく。政府はアフリカ系に、全ての有色人種に(日本人も含む)、嘘をつき続けて決して謝罪しない。それがこのアメリカだと。ライト師は繰り返した。

ライト師は、確信をもって語っているのだ。それは分かった。聞いていて「そうだ! その通りだ!」とこぶしを振り上げたくなる、拍手したくなる支持者が次々と現れるのも、それも現象として理解できる。そしてライト師の確信のひとつひとつが正しいか、正しくないか。それはもはや問題ではない。

問題は、そういう確信を抱く人物を「心の師」と仰ぐアフリカ系の候補は、おそらく、今のアメリカでは(まだ)大統領にはなれない、ということ。だからこそ、4月29日のオバマ氏による「絶縁宣言」になったのだろう。


○「父」を探し続けた末の縁切り

オバマ氏がまだ政治家でさえなく、ハーバード・ローレビューの初代アフリカ系編集長だった当時、初めて書かれた自伝のタイトルは「Dreams from My Father (邦題「マイ・ドリーム――バラク・オバマ自伝)」だった。邦題では伝わりきらないが、この本で描かれているオバマ議員の「マイ・ドリーム」とはすなわち、「マイ・ファーザー」から受け継いだ「ドリーム」だったのだ。

ケニアにいた父がどういう夢を抱いて留学生としてアメリカに来たのか。何を夢見て、アメリカ人と結婚して子供を作り、なのになぜ妻と幼い息子を残して帰国し、そして夢破れていったのか。オバマ氏の自伝は、断片的にしか知らない父を求めて求めて求め続ける、1人の青年の物狂おしくも切ない成長物語だ。その後のオバマ氏がなかったとしても、十分に読み応えのある、感動的な父探し、そして自分探しの物語になっている。

この本の中にはライト師との出会いも書かれている。いかに感動したかが、オバマ氏特有の美しい言葉で描かれている。ライト師に出会って、それまで満たされていなかったもの(満たされていないという自覚すらなかったかもしれないもの)が、ストンと満たされて、閉じていたものが(閉じているという自覚すらなかったかもしれないもの)がスルリと開いていく様子が、とても美しい。この出会いの場面はまさに、それまでシカゴで働きながら悩み迷っていたオバマ氏が、開眼する場面。ライト師の語る「自由と希望を求めて戦い生き延びようとした人々」の物語は自分の物語で、人々の涙は自分の涙で、そしてそういう人々と共に自分は働くのだと決心する場面でもあるのだ。それだけに尚のこと、今回のこの決裂は悲しい。

しかしよく言われることだが、こういう過去にまつわる諸問題は、大統領になる前に出しきってしまった方がいい。大統領になってしまってから過去の醜聞が次々と出てきたことで、クリントン政権がいかに傷ついたか。それを思えば、やはり今回のこの絶縁は、大統領候補バラク・オバマの成熟にとって必要な通過儀礼だったのではないかと思える(「父を乗り越えていく」ということはひとりの男性の心の成長という意味でも、と書きたいところだが、私は心理学者じゃないので控えます)。

クリントン候補が言い続けている、「私はこれまで十分にvetted(日本の政治用語で言う「身体検査」を受けている)、でも彼は違う」というそれを、本選までには乗り越えて行かなくてはならないわけだから。もしもオバマ氏が候補指名を得るのだとして。

だからこそこの「God Damn America」的な諸々とこの時点できれいすっぱり決別できるなら(少なくとも、そういう印象を与えることに成功するなら)、この火種がいつまでもくすぶり続けるよりも、それは今後のオバマ陣営にとって圧倒的に有利だ。

もしもこれがお芝居とか映画とか小説とかマンガとかなら、大事なオバマの今後のことを思えばこそライト師はあえてあんな発言をして引導を……という真相が、実は……なんてことになるのだが。はてさて。


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