まるでベルリンの壁が崩壊したときのよう。比喩として大げさですが、1989年秋のあの出来事を連想しています。小さな動きが何かをきっかけに、抗しがたいうねりになって、あれよあれよと既成事実を作ってしまうという意味で。というくらい米メディアは「ヒラリーもう無理」「もう決まった」「It's over」の大合唱。「彼女はなぜ敗れたか」の分析記事も出始めた。そしてそういうメディア論調を気にしていないわけのない米民主党の幹部・重鎮・現職議員たち(=特別代議員たち)が、堰を切ったように次々とバラク・オバマ上院議員への支持を表明。ついにヒラリー・クリントン上院議員の頼みの綱が、ぷつりと切れた様子です。(gooニュース 加藤祐子)


○あれよあれよと壁が崩れ

ベルリンの壁が崩壊したとき、あれは1989年11月9〜10日のことだったが、「旅行許可の規制緩和」という曖昧な方針が曖昧な形で発表されたのを機に、なんだかよく分からないまま壁が打ち壊されて、そのまま堰を切ったように東ベルリン市民が西側になだれこんだ。何がなんだかよく分からないままの、あっという間の歴史的大転換だった。

ベルリンの壁は、大げさに言えば何世紀にもわたる欧米覇権戦争のひとつの帰結点、象徴だった。その崩壊と、米民主党の候補指名争いを同列視するのは、いかにも大げさだけれども、曖昧模糊としたカオス状態だったものが何かをきっかけに一気にひとつの方向に動いたという意味では、すごく似ているなという印象を受けた。

前に書いたように、クリントン候補は、党内幹部・重鎮・現職議員らからなる特別代議員の支持を、頼みの綱にしていた。夫ビル・クリントンの大統領時代から党内に築き上げてきた、強固な人脈を拠り所にしていた。党の一般党員や支持者の投票結果で敗れても、党幹部の支持を得られるから私は勝てるという、あまり民主的とは言い難いスタンスだった。

それが5月6日の予備選で、大勝できるはずのインディアナで辛勝し、善戦したかったノースカロライナで大きく負けたのを機に、まず米メディア各社が(保守系、リベラル系を問わず。クリントン候補支持を表明していたニューヨーク・タイムズまで)事実上、クリントン候補を見放した。事実上、オバマ氏に「当確」を打つ。そういう論調を繰り返した。次の2つの予備選はほぼ確実にクリントン候補が勝つ。それでも、だ。

そしてボロボロと壁が崩れるように、特別代議員たちが次々とオバマ支持に鞍替えした結果、9日にはついにオバマ氏が初めて、支持表明している特別代議員の人数でも、クリントン氏を上回った。獲得人数の計算は各社違うが、たとえばニューヨーク・タイムズによると5月9日現在、オバマ氏266人に対してクリントン氏263人。

こちらのニューヨーク・タイムズのグラフがすごい。両候補を支持する特別代議員の数だが、オバマ氏の右肩上がりぶりは、「神武景気」とか「岩戸景気」とか何か神話めいた名前をつけたくなるほど。これぞ目に見える「勢い(momentum)」という奴だ。わずか2カ月前の3月初めには247人―199人と、クリントン氏が圧倒的に有利だったのに。またAP通信によると、予備選が始まった約4カ月前には、その差は169人-63人というほど開いていたというのに。


○クリントン陣営、5つの過ち

クリントン政権時代のホワイトハウス担当で、優れた政治記者として定評のあるタイム誌のキャレン・タマルティ記者が5月8日付で「クリントンが犯した5つの過ち」という記事を発表。全文を訳したいくらい読み応えのある記事だったのだが、そういうわけにもいかないので、5つの過ちをかいつまむと――。

1.空気を読み違えた。「変化」を求めていた民主党支持者に向かって、彼女は「経験」を強調してしまった。

2.ルールをよく理解していなかった。クリントン夫妻は選挙参謀たちを、能力ではなく、自分たちに忠実かどうかで選んでしまった。よって民主党の予備選ルールをよく理解しないまま、戦略をたてていた。過半数票を獲得した候補がその州の全代議員を総取りする共和党と違い、民主党は得票率によって代議員を配分するのだという、あまりに基本的なことを理解しないまま、クリントン陣営の選挙参謀たちは大きな州ばかり重視するという、致命的な戦略ミスを犯した。

3.予備選ではなく党員集会を開く州を軽視した。支持基盤の女性や高齢者、ブルーカラー労働者は党員集会には参加しないからという読みから、党員集会の州を最初から捨てていた。党員集会の州は、一般代議員の12%をも持っているのに。

4.「オールド・マネー」に頼りすぎた。従来どおり高額所得者やハリウッドスターなどの大口献金に頼っていたが、支援者1人あたりの法的な献金上限に達してしまったあとは、資金が入ってこなくなった。対してオバマ候補はインターネットを通じた80万人以上もの草の根支援者からの小額献金を重視し、その集金システムを早い段階から構築していた。

5.これほどの長期戦を予想していなかった。よって予備選前半の州にばかり力を注ぎこんだ。対するオバマ陣営の選挙参謀は今年2月の段階ですでに、5月6日の予備選に備えてノースカロライナ入りするなど、長期戦に備えていた。
この記事を読んで私は「なるほど」と唸った。特に2番目の「選挙参謀たちが予備選のルールを理解していなかった」などというのは、とんでもなく示唆的な要素だと思った。そして1〜5の全てに共通して見えるのは、やはりクリントン陣営の「おごり」だ。去年の今頃は「勝って当然」と間違いなく思っていただろう、その心の緩みなのかもしれない。慢心とはかくも恐ろしい。


○焦点はすでにオバマvsマケイン

こうした情勢で、米メディアが語る物語の局面はすでに「オバマvsマケイン」に移ってしまっている。たとえばCNNを観ていても、それは明らかだ。

オバマ氏とマケイン氏がお互いをどう批判し合っているか。それが大きく扱われるようになっている(また前に書いたように、6日の予備選勝利演説でもオバマ氏自身、クリントン氏にはほとんど言及せず、マケイン議員批判を重ねた)。

オバマ氏いわく、マケイン氏は過去にあれほどブッシュ政権を批判していたのに、(1)イラク戦争継続と言い (2)議会で反対票を入れた高額所得者への免税措置も継続すると言い、(3)ブッシュ政権時代に米経済は大いに成長したなどと言い、これまでリベラルな共和党議員として評価されていた自分の全てを捨てて、ブッシュ大統領に擦り寄り、なんとしても共和党支持者の票を得て大統領になろうとしている――などと批判。

対するマケイン氏いわく、オバマ氏はあまりに経験不足で国家安全保障について理解不足で、(1)「イスラエルを消滅させろ」などと言い続けるイランの大統領と会談すると言うなど、とんでもない (2)イスラム原理主義組織ハマスのスポークスマンが「私たちはオバマ氏が好きだ、彼が選挙に勝つことを願っている」と発言するからには、それなりの意味がある。そのほうがハマスにイスラム原理主義者には都合がいいのだ――などと批判。

2人ともこれまで、「くだらない個人攻撃や中傷に堕しない、まっとうな、中身のある選挙戦を展開する」と言い続けている。しかしすでに、マケイン議員を「うそつき」呼ばわりするリベラル系論客アリアナ・ハフィントンの糾弾が話題になるなど(The West Wingの俳優たちが関係している、というのが私には興味深い)、その「まっとうで中身のある選挙戦」というのが、どういうものになるのか。

もちろんクリントン議員は最後の予備選の6月3日までは、撤退を表明しないだろうから、まだオバマvsマケインになると、100%本決まりになったわけでもないのだが(それまでの間にオバマ氏が何かとてつもない致命的なミスを犯すことを、クリントン陣営は期待している――との憶測もあるが、はてさて)。


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