バラク・オバマ氏がアメリカ初の黒人大統領になる。その前日、おばあさんが亡くなった。それが誰の祖母であっても、人が死ぬというのは厳粛で悲しいことだ。米大統領候補の祖母だから、特にとりわけ厳粛で悲しいということはない。それに、知り合いではない人のおばあさまが亡くなったことに気安く、ご愁傷とかご冥福をとかお悔やみを言うのは、私はなんだかかえって気が引けてしまう。それでも尚、オバマ氏のおばあさまが亡くなったとCNNで聞いたとき、胸の奥がキュッと痛んだ。大統領選の開票開始まで24時間を切った昨日朝のことだ。会ったことのない外国の政治家の祖母が亡くなったという報に、自分がそうやって反応した。それは、オバマ選対チームが繰り広げた見事な選挙戦によって、私の中に何かがしっかり浸透し、根を張っていたからだったと思う。(gooニュース 加藤祐子)


○ バラク・オバマという人のドラマ性

人の死を前に、赤の他人が何をどう言っても、不謹慎ではないかと思えてしまう。けれどもそのためらいを押しのけて書くとするなら、「せめてあと1日……」と反射的に思った。自分の孫が、史上初の黒人米大統領になるかもしれないというのに、その姿を見ずに、オバマ氏の祖母マデリン・ダナムさんは他界された。享年86歳。その運命の数奇に、胸の奥が痛んだ。

そしてさらに不謹慎かもしれないけれども、こういうタイミングで大事なおばあさまを亡くすという、バラク・オバマという人の運命の数奇をも思った。ドラマみたいな人生、映画みたいな人生。

心動かされる現実を形容するのに、「映画みたいだ」「ドラマみたいだ」としか言えず、虚構が現実を測る指標になってしまっていることに苦笑するのだが、私のことはどうでもいい。ともかくも、オバマ氏のおばあさまが亡くなった。ハワイで「おばあちゃん」を意味する「Tutu」という呼び方を縮めて、「Toot(トゥート)」と呼んでいたおばあさま。インドネシアに母と妹を残して、独りハワイに帰国したバラク少年を、思春期を通じて支えた「Toot」。

オバマ氏は3日夜、激戦州ノースカロライナの支援者集会で祖母の死を報告。「(長く入院していた)祖母は自宅に戻り、妹に看取られながら眠るように逝きました。なので、涙の中にも大きな喜びがありました。……このことを長々と話すつもりはありません。なかなか言葉にしにくいので」と語ったオバマ氏は、祖母を「アメリカの各地にいる静かな英雄」と呼んだ。「有名ではないけれども、毎日毎日、一生懸命働く人たち。家族の面倒を見て、子供や孫の面倒をみる人たちです」と。

会ったことのないこのおばあさまの逝去に自分が思わず反応したのは、過去数年をかけて、それだけバラク・オバマという人が私の意識の中に入り込んで、しっかり根を張っていたからにほかならない。情報がウィルス的に広まっていくことを「バイラル(viral)」と言うが、「バラク・オバマ」という人が私の意識に侵入・浸透してきた様は、まさにバイラルだった。「ネットを使って」という限定的な意味を超えて。


○バイラルなバラク

私が「バラク・オバマ」という名前を初めて知ったのは、2004年の民主党大会。「黒人のアメリカと白人のアメリカとラティーノのアメリカとアジア人のアメリカがあるわけではない。あるのは団結したアメリカ合衆国(United States of America)だ」「赤い州も青い州もない。私たちはひとつの国民なのです」という、あの基調演説

私はテレビ中継を観ながら「すごい演説だ」と感心し、さらに彼の経歴を知って「こういう人がアメリカの政界に出てきたんだ」と驚いた。その秋の上院選に圧勝したと知って印象は深まり、そして2007年2月10日にいよいよ大統領選出馬を表明したと知った段階で、私は彼の自伝「Dreams from My Father」を手にとった。

このコラムを始めたのが2007年7月。以来、オバマ氏の顔やメッセージを目にしない日はなかったと思う。こちらのニューヨーク・タイムズ記事ではブッシュ政権の元関係者でさえ、「ここ半年というもの、オバマの広告をネットで目にしない日はなかった」と話しているのだ。別にオバマ公式サイトに行かなくても、ニュース・サイトを見ていなくても、ネット上の英語サイトをふつうに徘徊していれば、無意識にでもほとんど毎日、オバマ氏のメッセージを目にしていた。そういうすさまじいまでのネット戦略を、(Facebook創始者のひとりを擁する)オバマ選対は展開してきたのだ。

そして4年前にはなかったYouTubeの、その影響たるや! テレビCM枠を買い取るために巨額の選挙資金を使うのではなく、自陣営に有利な映像をYouTubeで毎日何本も流す。それが次々とコピーされてリンクされて、ウィルスのように(まさに「バイラル」に)広まっていく。この力を、オバマ選対はほかのどの選対よりも理解していた。そしてそうやってオバマ候補を知った有権者たちが、ネットを通じて小口で、しかし継続的に、何度も何度も献金する。その可能性をオバマ選対は早くに見抜いていたし、その絶大な集金力は、今後の米国選挙を大きく塗りかえると言われている。

さらに言えば、テレビCM枠を買わずに済むネットの力のおかげで、巨額の選挙資金を集めることに成功し、その資金をもって選挙終盤に複数テレビ局でゴールデンタイム枠を買い取ったオバマ陣営。これは戦略の妙なのか、それとも時代に後押しされた幸運な数奇なのか。

YouTubeがあったからこそ、今年2月にあのwill.i.amの「Yes We Can Song」ビデオが世界中を駆け巡ったのだ。日本では、あれで初めて「バラク・オバマ」を意識したという人も多いのではないか? このコラムでも、あのビデオを紹介した記事が、それまでで最高のアクセス数を記録した。ふつうなら政治ニュースなど見ないし読まないアメリカの有権者に、あのビデオが与えた影響は計り知れない(あのビデオの影響に限らないが、蓋を開けてみればCNNによると開票率93%の時点で投票数は実に1億2000万人近くに達した。アメリカの全人口は3億弱。なんと、投票率80%(!)という州もあったそうだ)。


○ どんな仕組みがあっても要は候補次第

けれども、オバマ選対責任者で「チーム・オバマ」を取り仕切るデビッド・プラフ氏(41)がニューヨーク・タイムズに語ったように、「人を興奮させる候補がいなくては、どんなに最高の戦略と仕組みがあったとしても、何の意味もない」。

チーム・オバマの頭脳が歴戦の民主党戦略顧問、デビッド・プラフ氏なら、チーム・オバマの顔と魂は元シカゴトリビューン政治記者のデビッド・アクセルロッド氏(53)だ。「希望」「変化」というオバマ候補のメッセージは、オバマ氏とアクセルロッド氏のコンビから生まれたというし、「希望を語る人」としてオバマ氏のイメージを広め、有権者にオバマ氏を知ってもらい、信頼してもらうという戦略は、アクセルロッド氏の発案とされる。そして、そのメッセージを駆使してアイオワを皮切りに、いかに1州ずつ着実に勝ち進むかのテクニカルな大作戦は、プラフ氏から生まれたと言われている。

この2人が大統領を目指す政治家をサポートするのは、別にオバマ氏が初めてではない。同じ民主党のジョン・エドワーズ元上院議員も、ヒラリー・クリントン上院議員も、アクセルロッド&プラフのアドバイスを受けていた。しかしオバマ氏が2008年大統領選に出馬すると決心した時、アクセルロッド&プラフはその後ろにつくことを選んだ。

ワシントン・ポストなどによると、アクセルロッド氏は15年前、初めてオバマ氏に出会った。シカゴの貧困地区で有権者登録運動に参加していたハーバード卒業生に、敏腕政治記者から政治戦略コンサルタントに転身していたアクセルロッド氏は、何を見いだしたのだろうか。

そして(信じられないことだが、わずか6年前の)2002年、上院入りを目指したいとオバマ州議会議員に協力を乞われた時、アクセルロッド氏はもう確実に、そこに「何か」を見いだしていた。「バラク・オバマがワシントン入りする、その手伝いができたら、自分の生涯の大事業を達成したと言えるだろう。そう思った」 アクセルロッド氏はかつてそう語っている

例によって米テレビドラマ「The West Wing(ザ・ホワイトハウス)」を引き合いに出して恐縮だけれども、あのドラマでは首席補佐官になるリオ・マギャリーが、大統領になるジェド・バートレットを見いだして、「自分には、彼がその人だ(He's my guy)」と確信する。そして同様に、ジョシュ・ライマンがマット・サントスを見つけてやはり「He's my guy」と確信する。そうやって、人が人を発見するというドラマが、アクセルロッド氏とオバマ氏の出会いにはあったのではないか。そういう出会いがあったからこそ、アクセルロッド氏は「チーム・オバマ」を作り上げたのだろうし、集まった「チーム・オバマ」はこれまでほとんどミスのない、「歴史的」と繰り返し呼ばれる選挙戦を、見事すぎるほど整然と展開してきたのだろう。

「オバマには行政府の長としての経験がない」と、共和党陣営(たとえばペイリン知事)はさかんに攻撃した(マケイン上院議員にもないのに)。しかし「チーム・オバマ」が約2年にわたり、これほど見事に整然と機能してきたというそのこと自体が、オバマ氏の求心力とか「将器」みたいなものを実証している。そういう風に思う。


○選挙戦というよりはムーブメント

同様に、いくら優れた戦略と優れた仕組みがネットなどを駆使してそこにあったとしても、それを使って提供される人物やメッセージが空疎なものだったら、ここまでの大きなうねりにはなっていない。そう思いたい。CNNのベテラン政治記者キャンディ・クロウリーが3日、「オバマ陣営が展開したのは、選挙戦というよりは大きな運動(ムーブメント)だった。選挙戦には支持者がいるが、運動には参加者がいる。その違いは大きい」と話していた。まさにその通りで、オバマという運動に参加させるだけの何かが、戦略や仕組み以外にあった。それこそが、バラク・オバマという人の存在だ。

2008年1月8日。ニューハンプシャー予備選で、予想外の敗北を喫した夜。私はオバマ候補の演説をCNN経由で、リアルタイムで観て聴いていた。これがあの「Yes We Can」演説だ。現役政治家の選挙演説に涙を流すなどという、生まれて初めての経験をした。

自分が感動させられたから、故にオバマは素晴らしい、なんてことを言うつもりは全くない。前にも書いたように、私はイメージ戦略に簡単にのせられたり騙されたりすることを、ちょっと過度に警戒しているし。けれども「バラク・オバマ候補」は現役政治家としてかつてない形で、かつてないほど深く、私の意識に入り込んだ。

そしてだからこそ選挙前日、彼のおばあさまが亡くなったと知って、胸の奥が痛んだのだ。そういう政治家が今、アメリカ初の黒人大統領になることがついに決まった。

前から書いているように、私は前からずっとジョン・マケイン上院議員が好きで、尊敬さえしてきた。そしてその分だけ、今回の大統領選に期待し、そしてマケイン陣営の戦い方にがっかりした。それにオバマ候補の公約には、疑問はいろいろある。95%世帯に減税なんて本当にできるのか。企業や高額所得者に増税するというけれども、経済の空洞化につながらないか。海外へのアウト ソーシングには増税するというが、そういうことはどれもが経済の失速につながらないか。金持ちや企業に増税して、あとは政府支出の無駄を削るだけで、本当にそんなに盛りだくさんな政策を実施できるのか? 医療保険と教育を本当に改革できるのか? 山積する外交課題はどうするのか? 約束はどこまで実現するのか?

けれども「バラク・オバマ」という存在が私の意識に深々と根を張っているのは、まぎれもない事実。なのでそういう状態でついに、いよいよ、泣いても笑っても選挙本番。できるだけ心静かに濁りのない目で、日本時間5日朝から始まる開票を、じっと見つめた。

そして今…………。当確が打たれた今。なぜこんなに泣けるのか。政治家が当選したからといって泣いたことなど、今まで一度もないのに。「マケインも好きで、オバマもすごい」と素直に思えるこの2人の候補を、ずっと見つめてきたというその幸運もある。聡明で優秀な大統領が、過去8年間の蒙昧や、不寛容な分断を打ち払ってくれるだろうという、その期待もある。そしてアメリカで黒人がどういう境遇にあるか、幼いころから見てきた故の、その思いもあるだろう。米英で暮らした日本人として、自分自身が(相対的にはささいなことでも)人種差別されたことのある、その体験ゆえの思いもあるだろう。

ともかくも、「オバマ勝利」を語るCNNのベテランたちが、それぞれに泣いていた。黒人指導者ジェシー・ジャクソン師が顔をぐしゃぐしゃにして泣いている様子も映った。それを観て、私も泣いた。

今日はそういう日だ。


<筆者紹介>
加藤祐子(かとう・ゆうこ)
 ウォーターゲート事件や1976年大統領選の頃をニューヨークの小学校で過ごす。オックスフォード大学国際関係論修士。全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイト「CNN.co.jp」で2000年と2004年米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。




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