I was born by the river. 僕は河のそばで生まれた。こういうフレーズで始まる、有名な曲があります。ソウル/ R&Bが好きな人なら一度は聴いたことがあるだろう、あまりにも有名な曲。そしてアメリカの公民権運動を象徴する曲。現地時間4日夜のバラク・オバマ次期米大統領の演説を観て聴いて以来、この曲が頭の中をぐるぐる回って止まりません。(gooニュース 加藤祐子)

○ It's been a long time coming, but I know ...


もう数十年前、「リリー・マルレーンを聴いたことがありますか?」という本が日本で話題になりました。今回のこのコラムの題は、それをもじったものです。オマージュというか。「サム・クックを知っていますか?」というタイトルでも良かったのですが。

なぜなら表現というのは得てして、先人をリスペクトしながら、その表現を引用したりなぞったりもじったりしているものなので。聖書とシェイクスピアが分からなければ、英文学は分からない——などと言われるのも、同じ理屈です。そして「チーム・オバマ」が展開してきた物語には、聖書やシェイクスピアの代わりに、「マーティン・ルーサー・キング」とか「公民権運動」につながるキーワードが、あちこちに散りばめられていたと思います。

たとえばオバマ氏の演説を聴いて私が初めてゾクゾクッと鳥肌の立つ思いをしたのは、ニューハンプシャー予備選のあと。あの演説でオバマ氏が「山の頂きへと私たちを導き、約束の土地を指し示してくれたキングの言葉だ(A King who took us to the mountaintop and pointed the way to the promised land)」と言った、そのくだりでした。

この「King」という言葉。それに続いた「mountaintop」「promised land」という言葉。その組み合わせで、オバマ氏がキング牧師のことを言っているのだとピンと来て、そしてゾクゾクッときたのです(ここのくだりを「Yes We Can Song」で聴くと、何度きいても条件反射でグッときます)。

前にも書いたように私は1970年代にニューヨークの公立小学校にいて、60年代の熱気まださめやらぬ教師たちに、「独立宣言」とか「建国の精神」とか「キング牧師」とか「公民権運動」とか「私には夢がある」とか「ローザ・パークス」とか、そういったことを叩き込むように教わったものです。あとはU2ファンなので「Pride (In the Name of Love)」や「MLK」といった曲が大好きだとか、そういう理由もあって。そうした刷り込みがあるため、関連キーワードが出てくると、ピクピクッ、ゾクゾクッと反応するようになっているようで。

オバマ氏は8月末の指名受諾演説でも、まさにキング牧師の「私には夢がある」演説からちょうど45年の記念の日に行ったあの演説でも、「45年前の今日この日、その約束のために国のあちこちから大勢が集り、ワシントンへと向かったのです」と述べ、キング牧師が率いた「ワシントン大行進」に言及しました。人権のためにワシントンへと行進した人たちは、「ジョージア出身の若い牧師が自分の夢について語るのを聞いたのです」とオマージュを捧げました。

そして11月4日夜の、勝利演説。たとえば「モンゴメリのバス」への言及。これは「ローザ・パークス」という名前とセットで、人権とか平等とかに関心のあるアメリカ人ならほとんどが分かるキーワードです(ネビル・ブラザーズに「Sister Rosa」という曲もあります)。まさに公民権運動のきっかけとなった、1955年のバス・ボイコットのことなのです。

さらに「バーミンガムの消火ホース」もしかり。権利拡大を求めてデモ行進する黒人住民に対し、警官隊が水力の強烈な消火ホースを使って放水し抑制したこと。そして「セルマの橋」と「We Shall Overcome(私たちは克服する)」という言及もしかり。全ては、50年代から60年代にかけての米公民権運動に関する、大事なキーワードでした。

そういう演説の中でオバマ氏は、「It's been a long time coming; but tonight (中略) change has come to America」と宣言した。このフレーズを聴いたとき、私はまたしてもゾクゾクゾクッとしました。「It's been a long time comin'」というのは、歌詞なので。あの曲の刷り込みがあると、そのフレーズはまさしく歌詞として耳に入ってくるので。

そして続いた「change has come」というフレーズ。これはその有名な曲のタイトルでもある「a change is gonna come」というフレーズの、時制を変えた言い換えなので。公民権運動を象徴するようになったサム・クックの名曲「A Change is Gonna Come」に対する、明らかなオマージュなので(オバマ氏当選以降、YouTube上でこの曲への感激のコメントがすごいです)。

冒頭で書いた「僕は河のそばで生まれた」という歌いだしで、この曲は始まります。「河のそばで、小さなテントで生まれた。それ以来、河が流れるように僕はずっと走り続けている。ああ、長い長いとても長いことかかっているが、分かってるんだ、いつかは変化がやってくると。ああそうだ、いつか必ずやってくる。生きるのは辛すぎるが、僕は死ぬのが怖い。空の向こうに何があるか知らないから。もうもたないと思うこともあるけど、これからはがんばれると思う。ああ、長い長いとても長いことかかっているが、分かってる、いつかは変化がやってくると。ああそうだ、いつか必ずやってくる」と歌い上げます(歌詞の版権がまだ生きていると思うので、要約です)。

曲のサビが、「It's been a long, a long time comin', but I know a change is gonna come」という有名なリフレインです。「いつか必ず」と未来への切ない希望がこめられたこの歌詞を、オバマ氏のスピーチライターは少し変えて、あの歌で語っていた希望をついにいよいよ達成したのだと宣言したのです。

「It's been a long time coming, but ...  change has come to America」と。「ここまで来るのに、ずいぶん長くかかりました。しかしアメリカに変化がやってきたのです」と。

本当に、鳥肌が立ちました。

「A Change is Gonna Come」。聴いたことがない方は、ぜひ。サム・クックのオリジナルももちろん素晴らしいですが、私はネビル・ブラザーズの録音も大好きです。今はそれを聴きながら、これを書いています。


○ A change is gonna come

そしてこの曲「A Change is Gonna Come」がずっと頭の中をぐるぐるしている状態で、CNNで立て続けに、コリン・パウエル前国務長官のインタビューと、コンドリーザ・ライス現国務長官のインタビューを観ました。

共にブッシュ政権に深く関わり、そしてその関与のため自らの評価を大きく落とした2人の、聡明で優秀なアフリカ系アメリカ人。

片やブッシュ政権の良心とも呼ばれた人。にもかかわらず「大量破壊兵器の存在」を国連安保理で主張してしまったがために、自らの名誉を大きく汚してしまった人。それでも選挙戦のギリギリ終盤になってオバマ氏支持を表明したことで、自分の名の汚れをそそぐと共に「オバマ当選」に(おそらく)大きく貢献した人。

片や早くからブッシュ政権中枢に深く入り込み、ブッシュ陣営と同じように石油利権と深く結びついてきた人。「ビンラディンが、民間機を使った米国本土攻撃を計画している」という報告を前政権から受けていたにも関わらず、そのことを後から問いただされた際に「これは9/11の警告ではなく、過去についての分析にすぎなかった」と説明した人。その後も、まるでブッシュ政権に忠誠を誓っているかのように、深く関わり続けている人。黒人差別が激烈だった時代、人種隔離政策がひどかった南部アラバマ州バーミンガム、まさに公民権運動のどまんなかで生まれたその人、コンドリーザ・ライス。

その2人が喜びを隠しきれない表情で、今にも涙ぐみそうな様子で「素晴らしいことだ」と語っていました。「アフリカ系アメリカ人として、 特に誇らしく思います(中略)昨日この国は、素晴らしい一歩を前に進みました」(ライス長官)、「素晴らしく感動的だった。一緒にいたみんな、泣いていた」(パウエル氏)と語っていました。なんという、歴史的な場面。

オバマ氏をすでに公的に支持してきたパウエル氏はともかくとして、ライス長官はブッシュ政権に残り続けている。ライス長官と言えば、常に険しい顔をしているイメージさえある。その彼女がこの日、記者団を前に目に涙をためて、満面の笑みを抑えきれずに、「素晴らしい選挙についてひとこと言わずにいられない」と、全身で喜びを表現していました。

過去8年間で見たことのないコンドリーザ・ライスの姿に、私は息を止めて見入ってしまった。そしてその間、私の頭の中では「A Change is Gonna Come」がぐるぐる回っていたのです。

コンドリーザ・ライスとコリン・パウエル。共に「共和党の大統領候補に」と目されたこともある、優秀で聡明なアフリカ系アメリカ人。この2人の道がいったいどこでどうねじれてしまったのか。そんなことを思うだけに、「オバマ大統領」誕生を真心から喜んでいる2人の表情を目にして、私の頭の中では「A Change is Gonna Come」がひたすら響き渡ったのです(スパイク・リー監督の映画「マルコムX」で実に効果的にこの曲が使われた、あんな感じで)。


○ Oh, yes it will

さて、話は大きく変わりますが。オバマ演説の翻訳を終えて帰宅した私は、ネットで「The Daily Show」の開票番組を観ることに。

番組の終盤(開始後43分ごろ)、ジョン・スチュワートが「ただいま午後11時、東部時間、アメリカ合衆国の大統領はバラク・オバマです」と宣言した時、私はオバマ当選を会社でリアルタイムで観ていた時よりも泣けてしまいました。もう会社ではなくて、自宅だったからだと言い訳しますけれども。

2000年大統領選のときからずーーーーーっと観てきて、番組と一緒になってブッシュ政権に怒り、呆れ、何より笑い飛ばすことで、なんとかこの8年間を耐えて来た。そんな思いがあったのかもしれません。ジョン・スチュワートに戦友めいた思いを抱いているのかもしれません。

2000年大統領選のときからずーーーーーっとこの番組を見続けて来て、この番組で泣いたのはこれが2度目。1度目は2001年9月11日の数日後、スチュワートがただひとりカメラに向かって、時に泣きながら、愛するニューヨークへの哀悼と愛情を語ったとき。あの時に比べてこの2度目の涙の、なんと清々しかったこと。

そしてもちろんこれはThe Daily Showなので、「バラク・オバマが私たちの大統領です」と静かに宣言した直後から、すぐにコメディに。レギュラーたちが次々と「今まで2年間、大統領選のことばかり取材してきたのに、これから私たちはいったい何をすればいいのーーー! どうやって生きていけばいいのーーーー!」と絶望の悲鳴を上げたり、みんなで「ブッシュ後」の新しい美しい世界を探しに行ったり……。感動の後には「オチ」があったわけです。そうこなくては。


<筆者紹介>
加藤祐子(かとう・ゆうこ)
 ウォーターゲート事件や1976年大統領選の頃をニューヨークの小学校で過ごす。オックスフォード大学国際関係論修士。全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイト「CNN.co.jp」で2000年と2004年米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。ビートルズ・ファン。




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