『新間寿プロデュース 初代タイガーマスク 佐山サトル認定「原点回帰プロレス」第5弾』東京・後楽園ホール(2018年12月6日)

 初代タイガーマスクが遺影を持ってリングに入り、英国現地時間5日に亡くなったダイナマイト・キッドさんに追悼の10カウントゴングが捧げると、「今までで最高に素晴らしいライバルでした。ダイナマイトは必ず今、ここに私を訪ねて日本のマットに来ているはずです。世界一のレスラーでした。タイガーマスクがあるのは、ダイナマイト・キッドのおかげです」と故人の冥福を祈った。

 “爆弾小僧”の異名で親しまれたダイナマイト・キッド(本名 トーマス・ビリントン)さんが、1981年に初代タイガーマスクのデビュー戦の相手を務めたのはあまりにも有名。その後も激闘を繰り広げ、ライバルとしてしのぎを削った。

 1996年10月のみちのくプロレス両国大会に参戦したのを最後にリングからは遠ざかり、2013年には脳卒中を発症。2016年にはNHKのドキュメンタリー番組の取材を受け入れ、車イスで初代タイガーとの思い出を語る姿が放映された。また、亡くなった日はちょうど60歳の誕生日でもあった。キッドさんの弟から初代タイガー側に直接訃報が届いたという。

 初代タイガーがキッドさんの遺影を持ち、新間寿会長と並ぶと、追悼の10カウントゴングが打ち鳴らされる。マイクを持った初代タイガーは「昭和56年4月13日に劇的な出会いがありました。それまでイギリスに渡っていた私の鼻をへし折ってくれた」とデビュー戦を振り返ると、「今までで最高に素晴らしいライバルでした。ダイナマイトは必ず今、ここに私を訪ねて日本のマットに来ているはずです。世界一のレスラーでした。タイガーマスクがあるのは、ダイナマイト・キッドのおかげです。ダイナマイト、この名前をみんなが愛してました。人間性も原理・原則をしっかりと守る人間でした」と感謝の言葉を贈り、「皆さん、ダイナマイトをいつまでも忘れないで、皆さんの脳裏に焼き付けてください」とファンに呼びかけた。

【初代タイガーの話】
――改めて今の気持ちは?

▼初代タイガー「ダイナマイトがいるからこそ、タイガーマスクがあったんだと思うんで。また、ダイナマイトの攻撃、防御、全てに見習うところが多すぎて。それで、こっちの気合いも入って、いい試合になって。相乗効果でいい試合になっていったのは事実です。今、泣きそうになったんだけど、必ずこの場に来てくれていると思います。自分には感じます」

――それだけかけがえのない存在だった?

▼初代タイガー「そうですね。お互いに僕たちだけがわかり合うところというのがあったと思います。そこのところをお互いに尊敬していたと思いますね。尊敬心でいっぱいです」

――体調が悪かったという話もあったが、訃報はショックだった?

▼初代タイガー「覚悟はしてましたけど、昨日、亡くなったと聞いた時、走馬灯のように過去の思い出の試合とか、いろんな場面を思い浮かべましたね。デビュー戦であったり、ニューヨークでやった試合だったり。レスラーとして、超一級の世界一の動きというのは、やはりダイナマイトに培われたものだと思いますね。ダイナマイトが持っていたものだと思います」

――キッドさんのご家族から連絡があった?

▼初代タイガー「兄弟から連絡が入って、それを僕は間接的に聞いて。平井(代表)からメールが入ってきて。親方のところで藤原敏男とともに飯を食ってたんですけど、そこで聞きました。やはり大変なショックでした。覚悟はしてたんで、もうわかっているんですけど、ショックでしたね。プロレスにおいてはお互いに尊敬しあってたと思います」

――リング上で「忘れないでほしい」という言葉があったが、それがファンに対してのメッセージ?

▼初代タイガー「そうですね。あの勇姿を忘れないでほしいですね。世界一のレスラーを忘れないでもらいたいです」