母親の再婚相手とその子どもたちと、うまく生活できなかったセイコさん、54歳。自立して幸せに暮らす彼女のもとに義妹が現れ、彼女の触れられたくない過去を家族に暴露しはじめたのです。

結婚相手に「自分の過去」をすべて話すべきなのか?

結婚するとき、人は過去をすべて話すものだろうか。誰にでも言いたくない過去はある。それを隠したからといって罪に問われるわけでもない。だが、50代になってそれを配偶者が知ったとき、どう思うのか、そしてそこから夫婦関係はどう変わっていくのだろうか?

母親の再婚相手の家族とそりが合わず……

「今になって、育った家庭の複雑さに、こんなに苦しめられるとは思ってもいませんでした」
セイコさん(54歳)はそう言って顔を歪めた。とある地方出身の彼女は複雑な家庭で育っている。

「私が生まれてすぐ、父が亡くなったそうです。2歳年上の兄と私を育てるために母は実家に私たちを預けて、自分は都会で稼いでお金を送ってくれたそうです。私が8歳の頃、母が再婚したんです。当時、母が30代後半、相手の男性は5歳年上で、15歳、12歳、7歳の連れ子がいました。上2人が男の子で、一番下が女の子。男性はすでに2回結婚していて、いずれも離婚、母とは3回目の結婚でした」

一気に5人きょうだいとなったセイコさんだが、母の結婚相手の子どもたちとはあまりなじむことができなかった。1歳違いの義妹ができたのだが、よくいじめられたという。

「やはり生活の稼ぎ手が母の結婚相手だったので、私たち兄妹はどちらかというと引け目を感じていたというか……。私は『お父さん』というものを知らなかったので、どう接したらいいかわからなかった。母にお父さんと呼べと言われても呼べなかったし。そんな私をあちらもかわいいとは思えなかったんでしょうね。何かあると鉄拳が飛んでくる。母はいつも結婚相手とその子どもたちの顔色をうかがっていましたね」

育ててくれた母の実家へ逃げたことも何度もある。祖父母は厳しかったが、新しい家より祖父母の方がまだマシと思えたからだ。

「祖父がかなりのアルコール依存症だったから、祖父母の家が安心安全というわけではなかったけど、少なくとも祖母は私を愛してくれたと思います。子どもの頃に愛情をかけてくれたのは祖母だけでした」

不良グループの中に見つけた「自分の居場所」

それでもまた自宅に引き戻され、ぎすぎすした空気の中で怯えながら成長した。中学生になると地元の不良グループに入って初めて「自分の居場所」を見つけたという。

「高校生のとき、先輩と恋愛して妊娠したんです。私は産むつもりでいたし、先輩も高校を出たら働くから結婚しようと言ってくれた。それなのにあるとき彼は家族ごと町からいなくなってしまった。母に病院に連れて行かれて中絶しました」

それをきっかけにセイコさんは高校を中退、一人で上京した。18歳と偽って住み込みで働き、独学でがんばって当時の大検(大学入学資格検定)に合格した。高校を中退したことが負い目になっていたので、この検定に受かったときはうれしかったという。

「そこが私の人生のスタートだったような気がします」

結婚をためらっていたものの

自分自身が複雑な家庭で嫌な思いをしたから、セイコさんは結婚するつもりなどなかった。

昼間はある会社の事務職、夜は近所のスナックでバイトをしながらお金を貯め、いつか大学にも行こうと考えていた。

「でも27歳のとき、3歳年上の今の夫と巡り会ったんです。私は自分だけの戸籍を作っていたし、天涯孤独の身の上だから結婚などできないと言いましたが、彼は納得しなかった。それでもいい、結婚しようって。大学に行きたいなら結婚してから行けばいいとも言ってくれた。それでも私は信じられなくて……。家族なんていらないと言い続けたんです」

5年以上の時間をかけて、彼はセイコさんの心を溶かしてくれた。33歳のとき結婚。そして二人の子にも恵まれた。

「子どものかわいがり方もわからなかったけど、とにかく小さくて弱い者を守りたい一心でしたね。だから躾(しつけ)なんてほとんどできなかった。そこは夫がきちんとやってくれて。あるとき子どもがスケートをやりたいと言ったんですよ。そうしたら夫が親子スケート教室というのを探してきて申し込んでくれた。『きみもやればいいよ、きっと楽しいよ』って。そうやって子どもと一緒に私も再度、育てられたようなものでした」

そんな子どもたちも、現在、19歳と16歳になった。結婚してからはずっと幸せな日々だったとセイコさんは振り返る。

突然、音信不通だった義妹が現れて

「だけど今年の初め、突然、義妹が訪ねてきたんです。久しぶりでもなんでもなくて、いきなり『お金貸して』って。どうして私の居場所がわかったのか……。義妹がどこに住んでいるのか、どんな人生を送ってきたのかもわかりません。私は家に入れる気になれなかったので、1万円だけ貸して二度と来ないでと追い返しました」

ところが義妹は、次の週末、夫が居るときにやってきた。インターフォンで義妹だとわかったのでセイコさんは出なかったのだが、彼女がキッチンにいるとき再びチャイムが鳴り、夫が応答してしまったのだ。

「義妹は『私にはお義兄さんになるのねえ』ときゃぴきゃぴしながらリビングに入ってきました。そして私が中学で不良だったこと、高校生のときに中絶したことなどもべらべらしゃべったんです。あわてて追い出し、玄関で『今度来たら警察呼ぶからね』と言ったけど、義妹はニヤリと笑って出ていきました」

セイコさんはその後、夫にすべてを話した。母の再婚相手に暴力をふるわれたこと、家庭内の冷たい雰囲気のこと、そして自分の若かったときのことなど。

夫は黙って聞いていたが、「最初から話してほしかった」とつぶやいた。

「夫としては自分を信頼してくれなかったのか、という思いでしょうね。だけど私としては過去を忘れたかった。天涯孤独だと言ったのは本心なんです。育った家のことなどなかったことにしたかった」

二度と義妹とはかかわらないでとセイコさんは夫に頼んだ。だが、どうやらその後、夫は義妹に会ってお金を渡したこともあるらしい。

「その後、コロナ禍で家族が家にいる時間が増え、自制心が効く夫はいつもと同じようにふるまってくれましたが、私に失望しているのはわかりました」

夫の失望を感じ、離婚を申し出た結果

つい先日、セイコさんは下の子が18歳になる2年後に離婚しようと夫に申し出た。

「ウソをついていたのは私がいけなかった。あなたがだまされていたと思ってもしかたがない。だから別れて、と」

夫は涙ぐみ、セイコさんを抱きしめてくれた。

「隠し続けていたきみの方がつらかっただろう、って。話してくれなかったことを寂しいと思ったけど、結婚生活を振り返ると楽しいことばかりだった。きみがいたから僕の人生も充実していたんだ、別れたくない、と言ってくれました。号泣しました。人に丸ごと受け止めてもらった実感があった」

その後も義妹はときおりやってくるが、対応しないことで夫婦は一致している。それでも義妹の出現で、セイコさんの当時の傷がうずくことも増えた。

「今となっては解決しようもないことです。でも必死に忘れようとしてきた過去をほじくり返されてつらくて……。人は過去を完全に乗りこえることはできないのかもしれない。この年になってそんなことを思っています」

つらい過去は折りに触れて顔を出すものなのかもしれない。乗りこえなくてもいい。やり過ごすことならできるのではないか。セイコさんには夫という強力な味方がいる。