パンラボ・池田浩明さんによる、Hanako本誌連載「まだ見ぬパン屋さんへ。」を掲載。新店舗が次々と登場するダイナミックな街、下北沢近辺はパンの最先端。キーワードは「ヴィーガン」と「映え」。それを体現する二軒を紹介します。

パンが食べられなかった、アレルギーの人を救う。〈Universal Bakes Nicome〉

丸山雄三シェフ。
背中に「TOKYO VEGAN」と書かれたおそろいのトレーナーにキャップもかわいい。

ヴィーガン=動物性素材を使わない食のあり方。でも、日本で定着するなんてまだ先…と思っていた私の認識を変えたのは、オーナーの大皿彩子さんの言葉だ。
「ヴィーガンなら、アレルギーのある人でも食べられるものが多くて、間口がいちばん広い。嫌な思いをする人が少なくなります。心のバリアが低くなるものなのです」

右から、クロワッサン350円、塩パン江戸前しょうゆ300円。バターがマストと考えられたアイテムもヴィーガンで。コーヒーも販売して、テラスで食べられる。

ヴィーガンが必要な理由は、宗教や信条だけではない。今、アレルギーのある人が本当に増えた。食べ物があふれる中、食べたいものが食べられないのは、どれほど辛いことか。人知れず我慢している人が大勢いる。 「バターが使えないから代替品で作 りました、というだけじゃなく、『パンとしておいしい』を目指しました。ヴィーガンやアレルギーのある人はもちろん、お肉、バター、卵が大好きな人も置き去りにしません」
植物性のものしか食べられないから我慢して食べる、のではなく、これが食べたいと積極的にチョイスできるクオリティ。〈Nicome〉のシグニチャーであるドーナツは、それを見事に証明する。

オールドファッション ソルティキャラメルアーモンド 380円。ドーナツがシグニチャー。動物性素材を使わずに、おいしく。

たとえば、「オールドファッショ ン ソルティキャラメルアーモンド」。 ドーナツの必需品、バターや牛乳や 卵の代わりに使われるのはココナッ ツオイル。物足りないかと思いきや、 その透明感ゆえに、小麦やキャラメルの風味をシャープに描きだす。のみならず、ココナッツとトッピング のアーモンドがナッツ同士で、想像 しなかったマリアージュを生んでいる。少ない方が豊か、なのだ。動物性食材と手を切ったとき、新しいパンのおいしさが見えてきた。

〈Universal Bakes Nicome〉(ユニバーサル ベイクス ニコメ)

2021年12月オープンの、100%植物性材料を使用するヴィーガンベーカリー。
東京都世田谷区北沢3-19-20 reload 2F
03-6407-1021
8:30〜18:00 月火休

必見はオープン時の、芸術的なディスプレイ!〈étéco bread〉

開店前 、陽光に映える食パンやバゲット、クロックマダム。

マッチングアプリではじめて会ったその日、パン職人である梶原裕さんは、菓子職人である夏子さんにプロポーズしたのだという。いっしょに店をやることまで約束して。 2人による〈étéco bread〉がオープンしたのはその1年後だ。

梶原 裕さんと、梶原夏子さん。
お店の棚には、かわいらしい雑貨に交じって、レーズンから起こしたパン用の液種が並ぶ。

開店前、2人の仕事を見守った。会話はない。オープンに間に合わせるため一心不乱に集中する。端正な層が浮き出たクロワッサン生地に季節のフルーツを盛り合わせる。手間も原価も惜しまず、新鮮なフルーツを色とりどり。まるでジュエリー。

上から、タルティーヌ(サーモンとほうれん草)850円、タルティーヌ(チキンとトマト)800円、タルティーヌ(キノコとイチジク)640円、タルティーヌ(ホタテとブロッコリー)800円。

色彩的という意味ならタルティーヌも負けていない。大麦のバゲットなど、風味の濃厚なハードパンに、季節の野菜やチーズ、ハーブを飾り、息をのむうつくしさ。芸術品のような完成度の物体を「パン」という一言で片付けていいものか。
10時の開店時間ぎりぎりに完成、約40種類が並ぶ圧巻の光景。名画を見たとき、ただ立ちすくんで見つづけてしまうが、それと同じ気持ちを覚える。でも、お客さんが買って帰り、胃袋に入り、消滅するのだ。そんな刹那に懸け、夫婦が全身全霊を込めて一致協力しあっているということ。 人の出会いに、運命という言葉しか思い浮かばない。

〈étéco bread〉(エテコブレッド)

季節の具材を盛ったデニッシュやタルティーヌは、とびきりのうつくしさ。
東京都世田谷区代沢2-42-7
03-6877-0433
10:00〜売り切れ次第終了 月火金休

Navigator…池田浩明(いけだ・ひろあき)

「パンラボ」を主宰しながら、ブレッドギークとして、日本全国のパン屋さんを巡り情報を発信する。いち早く国産小麦にも注目し、日本のパンの未来をみつめる。

(Hanako1209号掲載/photo:Kenya Abe text:Hiroaki Ikeda)