第3回 あるもので作り、壊れたら直す。 〜鈴木智久さん・朱美さん夫妻

小高い山の麓に建つ、煙突つきの瓦屋根の家。隣には、白壁の蔵が建っています。薪が積み上げられたアプローチ、そして手作りの遊具が置かれた前庭を通って玄関に立つと、鈴木智久さん・朱美さん夫妻が出迎えてくれました。

智久さんが山で切り出した木で作った遊具

埼玉県比企郡の嵐山町。東京都心から車で約1時間半、川越市内からは40分ほどの自然豊かな地域です。夫妻は5年前からこの地を拠点とし、有機農業をしながら二児の子育てをしています。

結婚10周年の夫妻。埼玉在来種の大豆「青山在来」の畑で

麦茶の焙煎かすが肥料の材料に

智久さんが最初に見せてくれたのは、蔵の前にある小型のビニールハウス。土づくりに使う「ぼかし肥料」が作られていました。

麦茶の焙煎かすを利用したぼかし肥料

「今、たぶん50度くらいになっていますね」

智久さんがふたを開けると、香ばしい香りとともに、じわりと熱気が上がってきます。

「友達が働いている焙煎所から、麦茶を焙煎する時に出るかすをもらってきて、米ぬかと、籾殻くん炭(※1)を混ぜます。水を加えて置いておくと、こうやって自然発酵するんです」

その奥のスペースでは、冬場に苗を育てるための「踏み込み温床」の準備が進んでいました。山で集めてきた落ち葉に米ぬかを混ぜて水をかけ、足で踏んで発酵を促すという作業を繰り返しながら仕込んでいきます。燃料を使って暖房しなくとも、発酵熱によって3か月ほど発芽温度が保たれ、苗が育ちます。使用後の温床は、翌年の育苗用の培養土として再利用します。

植物が発芽して育っていくために必要な温度を保つ温床。この上に苗ポットなどを置いて育てる

同じハウスの一画に、収穫して間もないゴマの枝が吊るされていました。乾燥させると実が弾け、種(ゴマ粒)がシートの上に落ちるようになっています。

ゴマ干しのようす。シートに落ちたゴマ粒を集める

「去年から栽培を始めました。今年は出来がいいですね。作る人が減ってるから、買ってくれる人はいっぱいいます。これからまた増やそうかなと」

鈴木家では年間60〜70種類の野菜を栽培し、地元の直売所や宅配で販売しています。季節の野菜は、自分たちが食べたいと思う品種に加え、商品としてのバリエーションも考えて複数品種を少量ずつ作るそうです。ナスやピーマンなどは3品種ほど。貯蔵できる野菜や、加工する穀物や大豆などは、長い期間販売するため多めに作付けます。その他、売れそうなものや、需要があるものにもチャレンジしながら、智久さんは徐々に手を広げています。

サトイモ、キクイモ、ウド、ミョウガ、オクラ、トマト、ナス、万願寺トウガラシ、ピーマン、ゴマ、大豆……。鈴木家は自宅の周辺に7か所ほどの畑を借りていますが、家の近くを少し歩いただけでも、10品目以上の野菜が育っていました。

自分で作って食べる・使う・住む

智久さんが朱美さんと出会ったのは、2010年のこと。 朱美さん は隣接した小川町の有機農家で研修中で、智久さんは友人の会社で林業や花の栽培をしていました。それまではいろいろな職業を転々としていたそうです。

「もともと勉強は嫌いだったしね(笑)。やりたいな、おもしろいな、という仕事に出会えなかったのもあるかな。長旅に出て、沖縄に住んでいたこともあります。自然の中で暮らしたいと思い始めて、林業とか農業に興味がわいてきたのは、沖縄から帰ったあとですね。30歳を過ぎていました」

翌年に二人は結婚。最初は朱美さんが研修してきたことを二人で実践する形で農業を始めましたが、現在は智久さんが中心です。今の生活は「自分にいちばん合ってる」と、智久さんは話します。

「農業というよりは、自給自足的な暮らし。その結果として農作物が売れてお金になればいいかなと。毎年新しいことに挑戦できるし、いろんなことを試せる。講師を呼んで仲間と勉強会をしたり、本を読んだり、そういう勉強は好きですね(笑)。この作物のあとにはこれを育てれば土が良くなるとか、こうすれば元気に育つとか考えるのも楽しい。食べ物を作ったり、薪割りとか家の修繕とか、やることは無限にありますけど、みんな暮らしに必要なこと。そのシンプルさがいいですね」

木材の端材などを割って薪ストーブの燃料にする

世の中、本当にこれでいいの?

小学2年生と保育園年中の二人の娘に恵まれ、子育て真っ最中の夫妻。ヨガ講師としても活躍する朱美さんは、智久さんとお互いに時間をやりくりしながら畑仕事や出荷作業をこなします。近年は加工品にも力を入れています。「青山在来」という品種の大豆で作る「地大豆きなこ」、ホーリーバジルの花穂と葉を天日干しした「トゥルシーティー」などの他、最近は、カワラケツメイを原料とした「はま茶」も健康効果が高く、よく売れているそうです。

「あるもので作る。それが生活のすべての基本」だと朱美さんは言います。自家用に、収穫した大豆で味噌を作ったり、近所からおすそ分けしてもらった梅の実で梅干しを作ったりもします。毎日の食事は、直売所に出荷しなかったB級品の野菜などを使います。

朱美さんは東京都練馬区出身。中学から大学まで渋谷にある私立校へ通っていましたが、10代の頃から、世の中に対する違和感や疑問があったそうです。

「街がどんどん変わっていくのを見てきました。たとえば、改札口には駅員さんがいたのに、無人の自動改札に変わっていく。便利さや効率が重視され、人と人が接する機会がどんどん減っていく。大量生産が当たり前になって、それが大量消費や大量廃棄につながっていく。そんな世の中の流れに違和感があったんです。これで本当にいい方向に向かっているんだろうかと、漠然とした疑問を持つようになりました」

カワラケツメイ畑で草取り作業をする智久さん
お茶やきな粉、乾燥めんなどの加工品

「ああ、これなんだ」という心の感動

社会に出てもその疑問は消えませんでしたが、27歳の時に留学したカナダでの経験が転機になりました。縁あって滞在することになったのは、ブリティッシュ・コロンビア州のソルトスプリング島にあるヨガセンター。州立公園が点在し、オーガニックフードのカフェやマルシェの他、ギャラリーやアトリエも数多くあるこの島には、州都のバンクーバーからも多くの人が訪れます。

センターでの生活は、自給自足です。毎日畑で農作業をして食事をまかない、滞在客をもてなしました。畑で育っている野菜を見て献立を考え、収穫し、みんなで作るのがとても楽しかったと振り返る朱美さん。自分は自然の一部であり、命の循環の中で生かされている。そう実感できた時、答えが見つかったといいます。

「豊かだなあ、本来はこうやって暮らすべきだったんだ、と思いました。今でこそ言葉にできているけど、当時は『ああ、これなんだ』という心の感動みたいなものでしたね」

智久さんと結婚して、今年で10周年。最初は小川町の小さなアパート住まいでしたが、農家の先輩の紹介で5年前から借りている今の家での暮らしに、朱美さんはたくさんの喜びを感じています。

「太陽を浴び、自然の音を聞きながら、家族仲良く、健康に暮らせます。全然、おしゃれな暮らしじゃないですよ(笑)。なんでも手作りして、壊れたら自分で直さなきゃいけない。全部手間と時間がかかります。でも、それを省けばどこかに負荷がかかっていく。こういう暮らしをしていると、それがよくわかりますね」

「エシカル」についてはあまりよく知らなかったという朱美さんですが、内なる問いへの答えとして選び取ったのは、自然の恵みや地域の輪を慈しんで生きる「マイ・エシカル」な暮らしでした。

収穫野菜。年間60〜70種類もの野菜が収穫できる

次回は、朱美さんがヨガから学んだ人生訓や鈴木家の子育てについてご紹介します。

※1…稲を収穫し、脱穀することで発生するもみ殻を炭化(蒸し焼き)したもの。土に混ぜると、通気性や野菜の根張りが良くなると言われている。炭化させることで無数の微細な穴ができ、土壌生物のすみかになったり、ミネラル類が溶け出しやすくなったりするため、土壌改良にも使われる。

Information

鈴木家(どんちゃんふぁーむ)の野菜が買えるお店
ふれあいの里たまがわ
埼玉県比企郡ときがわ町大字玉川4359-2
電話:0493−65−1171