昨年は夏の徳島大会準決勝で鳴門を土俵際まで追い込み、新チームでも初の秋季四国大会ベスト4入り。3度目の21世紀枠四国地区選出校の座をつかみ取り、創部120年目にして初の甲子園出場を決めた県南屈指の進学校・徳島県立富岡西高等学校野球部。「野球の町あなん」を掲げる阿南市にある彼らは、いかにして高みへの道程をつかんだのか?その原動力となっているノーサイン野球を支える「選手主導練習」に迫った前編に続き、後編ではその成果と「全国1勝」への方策を聴く。

「あ・うん」で切り拓いた秋季四国大会ベスト4

選手間でミーティング中の様子

 2018年10月27日・土曜日。秋季四国大会1回戦8回裏。7回表・8回表と同年センバツ出場校・高知の猛攻を受けて5点差を追い付かれた富岡西は、2四球の走者をバントで進め、一死二、三塁の勝ち越し機を迎えていた。打者は6番の安藤 稜平(2年・中堅手)。そして打席に入る安藤と三塁走者の坂本 賢哉(2年主将・中堅手)と目が合った。

 「日ごろから練習で意思疎通ができているので、スクイズかなと思いました」(安藤)。

 もちろん、ベンチからのサインは出ない。そして初球。坂本が猛然と本塁へ走り出す。安藤は頻繁に練習で行われるバントゲームで鍛えられたバント技術を出す。高知の投手が捕球した時は、坂本はもう本塁寸前だった。これが決勝点になり、準々決勝進出を果たした富岡西。続く帝京第五戦ではこのスクイズを逆手にとった策が奏功する。

 2対2で迎えた2回裏無死二、三塁から打席に入ったのは8番・前川 広樹(2年・一塁手)。「無死だからスクイズじゃない。変化球に対応していこう」とまずは3ボールを選び、そこから粘ってフルカウントとしてから左前に落とす決勝2点打。「2試合で相手のミスに付け込めた」(坂本)ことと含め、彼らの洞察力は創部119年目で初となる秋季四国大会ベスト4進出を切り拓く大きな原動力となった。

 かくして「予想を上回る反響だった」と5番・三塁手の吉田啓剛(2年)も驚くほどのフィーバーに見舞われた「野球のまち」徳島県阿南市。ただ、秋を終えた富岡西の目線はもう次の場所、次の目標へ向いている。それは聖地・甲子園での「全国1勝」だ。

聖地で勝つため「責任の上に立脚した」選手主導へ

夢の舞台へ一歩一歩進むために「選手主導」で練習に励む富岡西

 「甲子園は出る場所ではない。勝つ場所なんです」

 迎えた2019年。小川 浩監督の誓いは2年生選手21名・女子マネージャー6名、1年生選手12名・女子マネージャー2名の誓いでもあった。

 その代表格は昨秋、投球では不振が続くもチームキャプテンを務めた昨年12月の四国選抜オーストラリア遠征で、浮上のきっかけをつかみつつある高校通算15本塁打・最速140キロ右腕の浮橋 幸太(2年)。「二刀流でやらなくてはいけないので、打つ方では1.1キロのバットでティーをして、投げる方ではソフトボールを使いながら、腕力を付けるようにしています」と、明確に全国で勝つための課題「パワー強化」を把握し、実践している。 

 その他にも「秋の四国大会で小川先生からスイングを教えてもらった」リードオフマン・山﨑 光希(2年・左翼手)は夏の甲子園出場をも見据えた視点で、「全くバッティングで貢献できなかった」と四国大会の出来を悔いる2番・木村 頼知(2年・二塁手)らもそれぞれの立場から再度自分を見直し、改善に努めている。

 そして最後にキャプテン・坂本はこう強い決意を述べた。
 「このチームは富岡西の卒業生、在校生、地域の皆さん全員の想いを背負っているんです。だから、甲子園で勝って校歌を歌って想いを実現したいです」

 単なる「選手主導」ではない、責任を感じ、責任の上に立脚した選手主導へ。富岡西はたゆまぬ進化を進めたまま、創部120年目のメモリアルイヤーに初全国へ立ち、勝つため歩みを日々進めていく。

(文・寺下 友徳)