2007年2月に首都圏から居を四国地区に移し13年目。「さすらいの四国探題」の異名を背に四国球界でのホットな話題や、文化的お話、さらに風光明媚な写真なども交え、四国の「今」をお伝えしている寺下友徳氏のコラム「四国発」。

 第38回では3月11日(月)に徳島県阿南市のJAアグリあなんスタジアムレクザムで行われたセンバツ初出場・啓新(福井)との練習試合で登板した池田の最速140キロ右腕・白川 恵翔投手(新3年)を紹介。過去に北信越センバツ代表校との対戦を通じ成長を遂げた選手も紹介しながら、彼のここまでと夏への決意を取り上げていきます。

「空気を変える」最速140キロ右腕・白川 恵翔(池田)

股関節に捻りを入れて投げる白川 恵翔投手(池田)

 3月11日(月)今年は甲子園初出場の啓新(福井)を迎え、徳島県阿南市にある徳島県南部健康運動公園野球場(アグリあなんスタジアム)で行われている毎年恒例の「センバツ北信越代表校直前強化合宿」練習試合最終戦。6対6のタイスコアで迎えた8回裏。「IKEDA」のローマ字を胸に付けた179センチ85キロの男がマウンドに上がると、グラウンド上の空気は一気に上昇していきます。

 その男の名は新3年生の白川 恵翔(しらかわ・けいしょう)。美馬市立江原中時代には、軟式野球部の傍ら取り組んだ小中学生版やり投げの「ジャベリックスロー」で、第47回ジュニアオリンピック陸上2016で日産スタジアムの空に71メートル32の大アーチを描き中学日本一に。高校野球界のレジェンド校・池田の門を叩いた後も1年春から登板を重ね、最速140キロをマークする右腕として名を馳せてきました。

 にもかかわらずこの日はリリーフ登板、自己最速タイの140キロは出し1奪三振は奪ったのの、内容はオールストレートの16球。8回裏には自ら決勝打を放ちながら9回先頭打者に二塁打を打たれるとマウンドを降りることになりました。ただ、そこには理由があります。

 実は白川投手、富岡西に敗れ県4位で秋季四国大会出場を逃した後に腰椎分離症が発覚。地道なリハビリで春前にはマウンドに戻ってきたものの「まだ投げ込みもできていないので、春の県大会は長くて2回程度。大会後に鍛え直してゴールデンウイーク辺りでから先発させて夏を目指す」(井上 力監督)状況なのです。

ケガをプラスに、夏甲子園と夢拓く道程へ

白川 恵翔投手(池田)

 しかしながら、このケガは白川投手にとってマイナスよりプラスに働きました。この間を利用して本人は「これまで肩関節が後ろに入りすぎる傾向があったので、そこを修正してひじを上げて投げる」ため、股関節に捻りを加えるフォーム修正に着手。結果、課題だったグラブの巻き込み方も劇的に改善され「7〜8割の力でもボールが行く」スタイルを手に入れつつあります。

 こうして、3月9日(土)の智辯和歌山(和歌山)戦1イニング登板に続き、「まだフォームが固まっていないので、力が入るとリリースポイントが身体から離れる」高次元の相手でしか経験できないことを学んだ白川投手。夏への目標も「スクワットとか下半身のトレーニングも加えて、夏は全試合全イニング投げるつもりで甲子園に行きたいです」と明確です。

 一昨年は福井工大福井(福井)の強打線と対峙した板野・森井 絃斗が最速150キロ右腕として社会人・セガサミー入りへの扉を開き、昨年は日本航空石川(石川)と対戦した鳴門が夏甲子園出場。旧チームからのエース・浮橋 幸太(新3年)はじめ、主力数選手が出場した富岡西も全国基準の学習を経てセンバツ甲子園切符をつかむなど、過去の先輩たちはこの「センバツ北信越代表校直前強化合宿」を飛躍のきっかけにしていることは歴然たる事実です。

 池田にとって1992年以来、26年間遠ざかっている夏の聖地到達にはやはりこの右腕が不可欠。「白川には『自分の未来は自分で切り拓け』と話している」井上監督はじめ、地域の期待に応え、「水野(雄仁・現:読売ジャイアンツ一軍投手コーチ)二世」のニックネームを超えていくためにも、白川投手の挑戦はここからが本番です。

(文・寺下 友徳)