神村学園の今年の3年生は、新チーム発足当初から小田大介監督から厳しい言葉を浴びせられた。プロ野球選手を2人輩出した1つ上の学年に比べると、野球の実力は見劣りし、人間的にも未熟な選手が多いと思われていた。昨秋、今春の鹿児島大会を制し、県内では無敗の結果を残しても、その評価が覆らなかった。

「『史上最低』から『史上最高』を目指そう」

 この夏の大きなテーマになった。まさかの初戦敗退を喫した前回大会から1年後の今年、神村学園は2年ぶり5回目の夏の甲子園の切符を手にした。過去4回出た夏は初戦突破が最高戦績。「チーム史上初の2勝、それから8強、あわよくば全国制覇」(小田監督)を目指した甲子園では初戦で佐賀北との九州対決を制し、2回戦進出。高岡商(富山)に1点差で敗れた。チームの「史上最高」を更新することはできなかったが、過去の先輩と肩を並べることができた3年生4人に夏の思い出を振り返ってもらった。

<メンバー>
松尾 将太(主将・捕手)

松尾 駿助(遊撃手)

森口 修矢(中堅手)

田本 涼(一塁手)

「史上最低の学年」

座談会に参加した選手たち

− ―甲子園から1カ月余り。今の心境はどうですか?

松尾将 「甲子園に行けて良かったなぁというのが正直な気持ちです。」

松尾駿 「甲子園は良い所でした。」

森口 「甲子園に向けて相当練習を積んできたことを思い返しています。」

田本 「練習はしんどかったけれど、甲子園に行けたので、今振り返れば全てが良い思い出になりました。」

− 昨夏は初戦敗退。昨秋、今春の県大会は優勝したけれども、監督さんからは「史上最低」と常に言われ続けていました。夏の県大会を迎えるチーム状態はどうでしたか?

松尾将 「チームの雰囲気はとても良くて、ベンチ外の選手たちもメンバーを一生懸命サポートしてくれる雰囲気がありました。この雰囲気でいけば、夏の甲子園は行けるという手応えがありました。
 NHK旗で鹿児島城西に負けて初めて県大会で敗北を喫しましたが、そのことで雰囲気が悪くなることもなく、チームが1つになることができて、また一つ成長して夏に臨むことができました。」

松尾駿 「練習中だらけた雰囲気になったら、主将が中心になって選手同士で厳しい声掛けができていました。」

森口 「寮生活など野球以外の部分でも選手たちで気を付けていたので、自ずと練習でも良いプレーがみんな出せていました。負ける要素は何も感じませんでした。」

田本 「メンバー発表があってから、ベンチ外の部員たちが一生懸命サポートをしてくれて、僕らも野球に集中することができたのが良かったです。」

− 県予選では何といっても準々決勝・大島戦が大きなヤマ場だったと思います。9回表まで0−3で負けていた展開でした。

田本 「最後まで負ける気はしませんでした。9回裏は先頭打者でしたが「先頭で決まる」と思っていたので、何としても塁に出てチームに貢献したいと思ってヒットを打ちました。
 残り1回しかない攻撃でしたが、表の大島の攻撃でピッチャーが最後の打者で、追加点が取れず、凡打で走った後だったので、投げやすい状況ではないだろうと思っていました。力むことなく冷静にそういった状況を頭に入れて打席に立てました。大島のエースはずっと良いボールを投げていて、僕らもずっと打てずにいましたが、最後は気持ちで打てました。」

森口 「この試合は全然打てなくて、8回二死一塁の場面も「ここはホームランしかない!」と思って打席に立っていました。良い当たりのファールもあったのですが、最後は気持ちが焦っていて高めのボール球をフルスイングして三振してしまいました(苦笑)。
 9回、先頭の田本が出てくれて、そこから打線がようやくつながり、2点返してからは「いける!」と確信しましたが、8回までは正直「負け」もどこかで意識しながら試合をしていました。」

松尾駿 「相手のエースの調子が良くて、低めにボールが集まっていた。うちの選手も調子は良かったけれど、低めに集まっていた分、良い当たりが正面を突くことが多くて、なかなかチャンスが作れませんでした。ただ0−3になっても、全員が最後まで沈むことなく、逆転することだけに集中できていたことが勝ちにつながったと思います。
 エラーが絡んでの3失点だったけれども、落ち込むことなく「1点ずつ返していこう」という雰囲気でした。それでもなかなかチャンスが作れず9回まできましたが、負ける気はしなかったです。9回、田本が先頭で出てチームが勢いづき、それまで良かった相手投手も勝ち急いで力んでいるのを感じました。自分たちは慌てることなく、チームの約束事通りに打てたので最後に逆転勝ちできました。
 田本が出て、満塁になって田中 大陸(2年)のタイムリーで2点を返しました。自分の打席は無死一二塁で送りバントでしたが、しっかり決められた。2年生の頃、練習試合でスクイズのサインが出たのに、キャッチャーフライを上げてしまったことがありました。その時監督さんに厳しく言われたので、バントはしっかり決めるという意識で練習していたので、あの場面も落ち着いて決めることができました。」

松尾将 「2年生があの試合は頑張ってくれていたので、最後を3年生が決めることができて良かったです。最後は自分の前の打順の田中 天馬(3年)が決勝タイムリーを打ったのですが、天馬はこの3年間で僕が一番厳しく言ってきた選手でした。天馬は真剣にやればものすごい選手になってチームが勝てるようになる期待があった分、ちょっと抜けているところがあって監督さんも僕も厳しく言うことが多かったので、天馬が最後に決めてくれたのが何より嬉しかったです。
 春の九州大会の興南(沖縄)戦、NHK旗の鹿児島城西戦は、どちらもサヨナラ負け。最後まで粘り切れず、自分たちの野球ができていないことをずっと監督さんからも言われて続けてきた中で、ようやく最後まで粘って逆転サヨナラ勝ちできたことでチームとしての成長を実感することができました。」

− 決勝戦は強打の鹿屋中央との対戦でした。

松尾駿 「鹿屋中央とは1年生大会でも対戦して大差で勝っており、昨秋の県大会決勝でも勝っていたので、相性の良い相手だとは思いました。でも力のある相手だし、夏はどのチームもこの一戦にかける思いを持ってやってくるので、油断はできないと気を引き締めて試合に臨みました。準々決勝、準決勝、そして決勝と相手に先制される展開でしたが、焦ることはなかったです。」

森口 「(決勝戦は4打数無安打)外のスライダーでカウントをとられ、打てるボールも打ち損じて3三振。自分の中でも反省が多く、今でも後悔している試合です(苦笑)。」

田本 「(こちらも4打数無安打)今思えば、いろいろ考えすぎて気負っていた部分があったと思います。準決勝、決勝ではほとんど打てていませんでしたが、甲子園で挽回するチャンスをもらえたので甲子園で打とうと気持ちを切り替えました。」

嫌がられる野球ができた甲子園一回戦・佐賀北戦

神村学園座談会の様子

− 甲子園の初戦は、同じ九州の佐賀北と開幕日に対戦しました。この試合は端的に神村学園の守って勝つ野球の質の高さを感じた試合でした。

松尾将 「県大会から甲子園までは、自分たちのやってきたことを信じてやることを大事にしていました。初戦が開会式の後の第2試合ということでしたが、油断することなく試合に入る準備ができていました。」

松尾駿 「自分は元々外野でしたが、2年生からサードになり、新チームになってからショートをやるようになりました。日頃のノックから例えエラーをしなくても、打球に対する入り方が悪かったり、バウンドを合わせられなかったら監督さんから厳しく言われていました。動き一つとっても、ちゃんと動いていなかったら監督さんから「グラウンドから出ろ!」といわれるぐらいだったので、守備に関しても相当意識は高かったです。あの試合でもかなり打球は飛んできましたが、うまく処理できたのはそういった練習のおかげだと思っています。内野に転向して日は浅かったですが、冬場のトレーニングでコーチに特守でかなり打ってもらったおかげで、内野の動きはだいぶできるようになっていました。」

森口 「(第1打席でセンター前ヒット。先制の口火を切る)意外と緊張することもなく打席に立てました。ボールも遅かったのでしっかり引き付けて、少し詰まりましたが、スイング的には良いスイングができたと思います。」

田本 「(最初の打席は送りバントが野選を誘った)バントはあまりやったことがなくて、夏の大会を通しても多分、初めて出たバントのサインでした。できるかどうか、不安もありましたが、ピッチャー前に強いゴロがいってしまってヤバいと思いましたが、森口が良いスタートを切ってくれたので野選になり、チャンスを広げることができました。」

− 初回の攻撃は四球を挟んで3連続バント攻撃。最初の打点がスクイズというのも今までの神村にないものを感じました。

松尾将 「小田監督は相手に嫌がられる野球を目指していました。相手の県大会の試合などを分析すると、スクイズなど細かい技を使ってコツコツと点をとってきている。相手のやってきたことをこちらがやれば、相手にとって嫌な野球になるのではないかという判断があったのだと思います。」

− エースの田中瞬太朗(2年)君の出来も素晴らしかったです。

松尾将 「構えたところにしっかりと投げてくれました。調子自体はあまりよくはなかったけれども、最後まで粘り強く投げ抜いてくれました」

− 見事な勝利で校歌を歌うことができました。

松尾駿 「まずは甲子園で校歌を歌うことを目標にしていたので、1つ勝つことができて良かったです。」

森口 「勝つことを目標にやってきたので、歌えて良かったです。」

田本 「勝つことだけを考えていたので、まず1勝できた嬉しさもありましたが、すぐ次の試合があることが頭に浮かびました。」

(取材・写真・文/政 純一郎 )