今夏の全国高等学校女子硬式野球選手権大会で準優勝の結果を収めた履正社女子野球部。阪神甲子園球場 で優勝した男子に負けじと女子も活躍を見せている。

経験の少なさから強くなった危機感

履正社女子野球部 集合写真

 2014年の創部当初からチームを率いているのが橘田恵監督。仙台大の硬式野球部やオーストラリアの女子野球リーグなど様々なフィールドでプレーした経験を持つ。引退後は指導者に転身し、初心者の多かった花咲徳栄、南九州短期大、履正社医療スポーツ専門学校と渡り歩いてきた。

 2017年からは女子野球日本代表監督を務め、2018年の第8回WBSC女子ワールドカップで6連覇を達成。これまでに女子野球の普及、発展に大きく貢献してきた人物だ。

 そんな名指導者のもと、2017年には全国高等学校女子硬式野球選抜大会で初の全国制覇を成し遂げた。昨年度の卒業生である森淳奈と米田咲良が女子プロ野球のレイアに進むなど、歴史は浅いながらも優れた人材を輩出している。

 今年の夏は全国準優勝まで勝ち上がったが、新チーム結成当初は「なかなか勝てなかった」と橘田監督は振り返る。ワールドカップで橘田監督が不在だった8月の第9回全国女子硬式野球ユース大会は2回戦敗退、3月の全国高等学校女子硬式野球選抜大会でも1勝しかできなかった。

 橘田監督は苦戦の原因として挙げたのが経験のなさだ。以前は部員数が多くなかったこともあり、新チームになってもレギュラーの過半数が残ることが多かった。しかし、この代は主将で遊撃手の横手咲子(3年)、左翼手の安食志保(3年)、右翼手の中阪麻優花(2年・新チームでは二塁手)、投手陣の一角だった安武真保(3年)しか経験のある選手がいなかった。チーム全体の経験値が少ないため、試合をしてみないとわからない部分が多かったのだという。

 そして、チームの危機感を強めたのが、5月から6月にかけて行われた関西女子硬式野球選手権ラッキートーナメントだ。準々決勝でユース大会と選抜を制した神戸弘陵を相手に1対8の5回コールド負け。これがチームを引き締めるきっかけになったと橘田監督は話す。

 「あの時は『1回戦で負けるのかな』と頭によぎりましたね。みんなが勝てないかもしれないという不安で、このままじゃダメだと思っていた気持ちが一致しました。焦りがチームを作る一つのきっかけになったと思います」

日替わりのヒロインで快進撃を見せた夏

駒沢学園女子戦で完封した廣瀬未夢(履正社)

 危機感を力に変えた履正社は夏の選手権で快進撃を見せる。1回戦は全国高校連合丹波に8対2で快勝すると、2回戦では廣瀬未夢(2年)が駒沢学園女子を完封して4対0で勝利。準々決勝では野坂紗那(2年)がランニング3ラン本塁打を放つなど、投打が噛み合って、至学館に4対1で下す。準決勝の福知山成美戦では延長戦にもつれ込んだが、8回表に安武の適時打が決勝点となり、3対2で勝利した。

 

 「毎日同じ子が打つのではなく、『日替わりのヒロインが出た方が強い』という話はしていたのですが、それが本当にいい形で打つ人が変わってくれました」と大会を振り返る橘田監督。試合ごとに活躍する選手が変わり、激戦を粘り強く勝ち抜いた。

 決勝の作新学院戦でも小刻みに得点を加えると、竹内くらら(3年)から廣瀬の継投でリードを守り、3対1と2点リードで7回裏の守備を迎えた。

 「やっぱり(優勝が)よぎりましたよね」(橘田監督)と誰もが優勝を意識した。しかし、マウンド上の廣瀬も「気持ちが焦っていたと思います」と思うような球が投げられず、二死満塁から同点打を浴びて降板。ここでエースの安武を投入したが、相手の勢いを止められずにサヨナラ負け。全国制覇まであと一歩というところで敗れてしまった。

 「甘かったです。私が悪いですよね。まだまだ勝ち切る経験をしていなかったのが、大きかったんじゃないかな」と橘田監督は悔む。それでも春から成長した姿を見せることはできた。3年生は16人と過去に比べて部員数が多く、同級生の間でぶつかり合うことも多かったという。それが最後は一つになって勝利を積み重ね、指揮官を感動させた。

(取材・馬場 遼)

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