21世紀が始まった2001年。この年の甲子園を騒がせたスラッガーがいる。それが日大三の4番として活躍した原島 正光さんだ。夏の甲子園3試合連続本塁打を放ち、甲子園優勝に貢献した原島さん。最終回は高卒プロを選ばず、明治大に進んだきっかけ。現在について語っていただいた。

vol.1、2はこちらから!
甲子園3試合連続本塁打を放ったスラッガー・原島正光(日大三出身)が甲子園に辿り着くまで vol.1
甲子園3試合連続本塁打を放った原島正光氏(日大三出身)が語る「本塁打秘話」vol2

壁の大きさを痛感した大学・社会人時代

インタビューに答える原島正光(日大三出身)さん

 当時、史上最高のチーム打率.427をマークした日大三の中心打者として原島さんの進路が注目された。原島さんは高卒プロではなく、大学進学を選択した。

 「確かに甲子園3試合連続本塁打を放ちましたが、甲子園が始まるまで 甲子園で活躍できると思っていませんでした。プロ入りした4人よりも能力は低いと思っていたこと、そして高卒プロは難しいと思ったので、大学進学を選びました」

 プロでも活躍できる実力をつける。そういう思いで明治大へ入学。1年春、大学史上初の1年生4番を任され、デビュー戦2試合目となった2002年4月22日の立教大戦でリーグ戦初安打が3ラン本塁打となり、華々しいデビューを飾った。その後、東京六大学のレベルの高い投手との対応に苦しみながらも、本塁打を積み重ね、大学3年時に出場した大学選手権では九州東海大戦で本塁打を放ち、全国舞台で活躍。

 最終的に明大4年間では通算8本塁打を放った。

 プロ志望を表明したが、指名漏れ。日立製作所に入社してプロを目指すこととなった。

 しかし2年間、都市対抗に出場できなかったが、3年目は厳しい北関東地区予選を勝ち抜き、都市対抗初出場を果たす。大観衆が集まる東京ドーム。

 原島さんは初戦の東邦ガス戦で代打出場。惜しくも初戦で敗れてしまったが、
 「あの大舞台でプレーできたことは良かったです」
 喜びをかみしめていた。

 4年目の都市対抗は代打出場1試合に終わったが、ベスト8進出。そして2009年オフに引退を決める。
 「まだやりたい気持ちは多少ありましたが、現役を終えたときはスッキリとした気分でした」

 高校時代は甲子園優勝、甲子園通算4本塁打。大学時代は大学選手権ベスト4を経験。そして社会人では、二度の都市対抗出場。

 こうしてアマチュア野球選手としては華々しい選手生活を終えた原島さんは第二の人生を歩むこととなった。

日大三の3年間は自分の基盤を作り上げた

原島さんとご家族

 引退後は日立製作所に残り、水戸に勤務し、10年近く働いた。そして今は勤務地が変更となり、茨城から東京まで通う毎日を送っている。引退するまで野球中心の生活だった原島さんにとっては「今もそうですが、仕事は難しいことばかりです」とサラリーマン生活の苦労を語る。

 また引退後も草野球を行っていたが、毎週というわけではなく、ほとんど野球のかかわりはなかった。そんな中、昨年4月から東海村の少年野球チーム「オール東海ジュニア」のコーチに就任した。

 「私の息子がオール東海ジュニアに入ることになったこと。チームに日立製作所の野球部の関係者の方々もいて、その方から、コーチの打診をいただいて、はじめることになりました」


指導者となった原島さん

 36歳から始まった指導者生活。小学生相手に教える難しさは日々感じており、その時、恩師である日大三・小倉全由監督の教えを思い返す。

「僕自身、今は指導者として行き着いているかわかりません。非常に難しいものだと思っています。難しいと思った時、どういう風に教えればいいか、監督さんの教えを思い返す部分はありますね。
 今、心がけていることは教わりたい、うまくなりたいという選手に対しては技術を惜しみなく伝えたいと思いますし、一番はもっと野球の楽しさ、野球をもっとうまくなりたい気持ちを持ったまま大きくなってもらいたい思いで、携わっています」

 そして最後に、日大三の3年間を振り返ってもらった。
 「野球人生において、一番濃い3年間だったと思います。自分の基盤となった重要な3年間ですし、日大三で良かったと常々思っています」

 奇しくも原島さんを含め、プロ入りした内田和也さんは立正大立正の監督、都築克幸さんは都筑中央ボーイズの監督と2001年甲子園優勝に貢献した主力打者3人が指導者となっている。その中でかつて取材した内田監督も小倉監督の激励が指導者になるきっかけと、また専用グラウンドがない立正大立正で監督を務める理由だと話してくれた。

 小倉監督と過ごした日大三の3年間は原島さんを含めてOBたちに大きな影響を与えていた。

(取材=河嶋 宗一)

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