試合を終えスタンドに向け整列し挨拶をする加田拓哉主将(帝京)

 「Aチームでやりたいのか?じゃあキャプテンやれ」。加田 拓哉を主将に任命する際、帝京の前田三夫監督はそうに言ったという。加田は「『はい。』しか言えませんでした」と当時の心境を語った。

 9年ぶりに東東京大会を制し、周いの期待を大いに背負い東海大菅生との東西決戦に挑んだ帝京。9回まで2点リードも9回裏に3失点を喫しサヨナラ負け。悲願の東京No.1まであと一歩及ばなかった。

 中学時代は地元大阪の住吉ボーイズでプレーした加田主将。高校は地元から離れた帝京を選んだ。その理由は「カッコ良かったから」。地元が関東圏の部員が多い帝京野球部では、外部から寮生活を送る部員は加田や小松 涼馬らが初めてだった。

 ノリや文化が違う中でも、憧れの、そしてレベルの高い環境での高校野球生活を選んだ加田。主将に任命された時には「隙のないチーム作り」を強く意識した。同郷の小松らとともに、練習中はどんなに小さなミスや怠慢なプレーでも厳しく指摘し、常に緊張感を持って取り組んだ。初めは話を聞いてくれない選手もいたというが、そこで屈することなくしつこく言い続けた。

 この試合中も、イニング間の円陣ではみんなで気持ちをぶつけるシーンが印象的だった。こうして加田が作り上げたチームは昨秋、関東一、日大三、創価と連戦の接戦を制し都大会決勝まで進む。しかし国士舘に0対6で惨敗し準優勝。2011年以来の甲子園まであと一歩及ばなかった。

 なんとしても甲子園出場という今年のチームの目標と周囲の期待を背負うも、選抜大会に続き、夏の甲子園も中止に。

 独自大会に向け6月から練習を再開するも身が入らなかった。そんな時、前田監督に3年生全員呼ばれて「引退試合じゃないんだ」と言われて気が引き締まったという。

 加田は前田監督のすごさを「選手のモチベーションを上げるのがうまい」と自らも気が落ちていた時に救われた経験をもって実感した。

 東京No.1を獲ることはできなかったが、帝京に確かに新しい風を吹き込んだ。次の主将については、「武藤しかいないです」。今年は2年生遊撃手として内野陣を牽引した武藤 闘夢に夢は託した。

(記事=編集部)

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