10月はドラフト会議が行われ、新たなプロ野球選手の誕生で沸く月だが、同時に別れもある悲しい月にもなる。

 NPBでは10月から11月にかけて第一次戦力外通告が行われた。

 今年は松坂 大輔(横浜出身)、斎藤 佑樹(早稲田実業出身)と甲子園を沸かせた名投手2名が現役引退となった。

 今回は現役引退を決めた甲子園球児、野球人生の岐路に立った甲子園球児を紹介したい。

今村、歳内、飯塚 甲子園をわかせた投手も

歳内宏明(聖光学院出身)、今村猛(清峰出身)、飯塚悟史(日本文理)

 まずは今村 猛だ。清峰時代、2008年夏の甲子園で登板を経験し、その秋の九州大会を制して、明治神宮大会に出場。2009年の第81回大会センバツ甲子園では、1回戦、2回戦で完封。決勝では菊池 雄星擁する花巻東を完封して、優勝投手となった。

 その年のドラフトで広島から1位指名を受けた今村投手は高卒2年目からリリーフとして台頭。54試合に登板し、3勝8敗、2セーブ、13ホールド。3年目の12年は69試合登板で、2勝2敗4セーブ、26ホールド、防御率1.89と抜群の安定感を発揮した。

 セ・リーグ3連覇時に大きく貢献し、通算431試合、21勝30敗、36セーブ、115ホールド、防御率3.46、501.2回を投げ、468奪三振と一流投手としての実績を収めている。

 横浜DeNAベイスターズから戦力外を通告された飯塚 悟史は、中学時代から評判の速球派で、日本文理入学後もかなり期待を受けていた。

 速球にこだわるあまり、コントロールを乱すことも多かったが、2年秋からコントロール重視に転換。2年秋には北信越大会で優勝し、成長を見せる。13年の明治神宮大会では決勝戦の2発を含め計3本塁打。そのうち1本がバックスクリーンを大きく超える特大弾で、投打ともに凄まじいパフォーマンスを発揮していた。

 3年春センバツ初戦の豊川戦では延長13回184球の粘投。3年夏は甲子園4強入りし、日本代表も経験。横浜DeNAベイスターズでは通算2勝にとどまった。

 聖光学院出身で東京ヤクルトの歳内 宏明は現役引退を表明した。

 歳内は2年夏に甲子園出場。まず初戦の2回戦ではセンバツベスト4の広陵を5安打完封勝利。3回戦では山田 哲人擁する履正社と対戦し、完投勝利を挙げ、大きく話題となった。その年の千葉国体では多くの観客が詰めかけるなど、注目度の高さが伺えた。最後の夏では日南学園戦で10回を投げ16奪三振。さらに金沢戦では9回を投げ14奪三振。2試合19回で30奪三振とドクターKぶりを発揮した。

 さらに高校日本代表にも選ばれ、アジア選手権も経験。優勝に大きく貢献した。

 その年のドラフトで阪神からドラフト2位指名を受け、4年目には29試合登板を経験。2019年に戦力外となり、2020年は香川オリーブガイナーズでプレー。64回を投げて、76奪三振、防御率0.42、奪三振率10.69、K/BB 9.5、WHIP0.53、5完投、3完封と圧巻の投手成績を残し、東京ヤクルトへ復帰した。

 復帰1年目は復帰初勝利を挙げた。今シーズンは未登板に終わったが、プロ通算64試合3勝6敗4ホールド。140キロ台の速球、落差抜群のスプリットで翻弄する投球は忘れられない。第二の人生でも活躍を期待したい。

高校時代で鮮烈な活躍を見せた選手も戦力外に

原嵩(専大松戸出身)

 今井 順之助も戦力外となった。今井は阪急に在籍していた元プロ野球選手・今井茂氏の息子で、小学校の時から長打力は抜群。類まれな打撃は、前田智徳氏の打撃フォームを参考にしたことで培われた。

 中京では入学式直後の練習試合でホームランを放つ華々しいデビューを飾り、2年の公式戦では、13本塁打を放ち、最終的には高校通算68本塁打まで伸ばした。最後の夏は甲子園に出場し、自慢のフルスイングを見せて、高校野球ファンを沸かせた。

 16年、北海道日本ハムからドラフト9位指名で、高卒プロ入りも一軍での通算安打は2本にとどまった。

 10年夏に甲子園出場した池田 駿(新潟明訓出身)も現役引退が決まった。10年夏はトルネード気味のフォームから130キロ後半の速球を投げ込んでいた。その後、専修大、ヤマハを経て、2016年巨人ドラフト4位指名を受け、プロの世界に飛び込んだ池田投手は1年目から33試合に登板。2年目も27試合に登板した。4年目に東北楽天に移籍し、21試合登板し、移籍初年度ではしっかりと活躍を見せた。

 今季は一軍未登板なものの、二軍戦では32試合に登板。防御率1.52、29.2回を投げ33奪三振と好成績を残したが、現役引退となった。

 戦力外通告を受けた松田 進は2011年センバツに甲子園出場。國學院久我山時代は速球派右腕としても活躍し、高校卒業後は野手となった川口 貴都とともに活躍。中央大ーHondaを経て、ドラフト7位で千葉ロッテに入団。プロ1年目の3試合出場にとどまった。

 専大松戸出身の原 嵩も忘れられない選手だ。竜ヶ崎シニア時代から有名な投手で、高校1年春からベンチ入りし、関東大会では最速141キロをマーク。2年生から投打ともに主力となり、投げては140キロ、打っては本塁打量産と2015年度の千葉を代表する野球選手だった。

 印象的だったのは最後の夏の千葉大会。習志野との決勝戦でランニング満塁ホームランを放った。この試合は満員札止めになる試合で、原が千葉マリンのダイヤモンドを駆け回り、一気に生還するシーンは、千葉の高校野球ファンの誰もが興奮した。原の活躍で、専大松戸は初の甲子園出場を決めた。

 この年のドラフトで5位指名を受け、千葉ロッテ入りしたが、故障もあり一軍未登板に終わった。それでも13年〜15年にかけて千葉の高校野球を盛り上げてくれた原の活躍はこれからも語り継いでいきたい。

カープは甲子園組の多くが野球人生の岐路に立つ

高橋大樹(龍谷大平安出身)

 東北楽天の下妻 貴寛も戦力外となった。酒田南時代の2012年時は東北地区を代表する大型捕手として注目され、多くの球団から注目を浴びた。その年の甲子園に出場し、さらに選手宣誓も行い話題となった。

 プロ志望届を提出した下妻は4位指名を受け、プロ野球選手の夢を叶えた。二軍暮らしが続いたが、20年には一軍で自己最多の43試合に出場し、プロ初本塁打をマークしたが、今年は、16試合出場にとどまった。

 戦力外一覧の選手を見ると1試合も出場できずに終わってしまう選手もいる中、健闘を見せたといえるだろう。

 カープは甲子園組の戦力外が多い。12年の広島1位の髙橋 大樹も野球人生の岐路に立った。龍谷大平安時代は11年夏、12年夏の甲子園に出場。11年夏では甲子園で本塁打を放ち、最終的に通算43本塁打に達し、高校日本代表にも選ばれ、世界大会を経験。高校までの経歴はまさにエリートだ。

 しかしプロの世界では自慢の長打力を発揮できず、19年にプロ初本塁打を放つものの、21年では一軍出場がなく、戦力外となった。

 霞ヶ浦出身の鈴木 寛人も高卒2年目で戦力外に。投手育成力が高い霞ヶ浦の環境でフォームを磨き、140キロ後半の速球、多彩な変化球を投げ分け、超高校級右腕として騒がれた鈴木投手は甲子園出場を果たす。広島東洋カープから3位指名を受けるが、フォームを崩した影響で球速が大きくダウン。今年は二軍でも登板なしに終わり、戦力外となった。

 さらに常葉菊川出身の桒原 樹も戦力外に。2013年のセンバツ甲子園でバックスクリーン弾を放って話題となった男は通算3試合出場にとどまった。

 高校通算47本塁打を放った永井 敦士(二松学舎大附出身)も戦力外に。明桜戦で5打数5安打の活躍を見せるなど、大舞台での活躍が光ったが、一軍試合出場なしに終わった。

 また2007年の阪神高校生ドラフト1位の高濱 卓也も現役引退。横浜高時代は2006年センバツで優勝を経験している。

(記事:河嶋 宗一)