今季限りで現役を引退した元日本ハム・斎藤 佑樹氏(早稲田実業出身)を、かつて激闘を演じた敵将も感慨深げに労いの言葉を語る。

 2005年に駒大苫小牧(北海道)を夏連覇に導き、翌年の2006年には選手権大会決勝で早稲田実業との引き分け再試合の激闘。現在は社会人野球・西部ガス(福岡市)の監督を務める香田誉士史氏だ。

 斎藤が高校を卒業した後も、大学、プロ野球とその姿をテレビ画面越しに見続けたという香田監督。聖地で目にした高校時代、そして、もがき続けたプロ野球での斎藤を、改めて振り返っていただいた。

「これは打てない」聖地で目にした斎藤佑樹

斎藤佑樹(早稲田実業-早稲田大-日本ハム)

「高校時代のあの姿はずっと頭に焼き付いています。決勝でのあのピッチング、もちろん決勝だけではなく、1回戦から勝ち上がっていく投球もずっと見ていましたが、『これはいいわ』とずっと思っていました」

 2006年に行われた第88回全国高等学校野球選手権大会。

 駒大苫小牧は夏3連覇の偉業が懸かっており、エース・田中 将大投手(現楽天)が本調子でない中でも、粘り強い戦いで決勝まで勝ち進んだ。

 決勝戦で相対したのは、エース・斎藤を擁する早稲田実業(西東京)。香田監督は初戦から快投を続ける姿に、敵将ながら惚れ込んでいたことを口にする。

「決勝でも、『やっぱりこれはなかなか打てないぞ』と思わせる戦いになり、次の日の再試合でも疲れているだろうと思っていたら、昨日本当に投げたのかというピッチング。今、考えても本当に凄い投手だなと思います」

 その後、早稲田大に進学した斎藤は、東京六大学通算で31勝、防御率1.77の成績を残して、2010年にドラフト1位で日本ハムに入団した。
 日本中からの期待を背負ってプロの世界に踏み出したが、怪我にも苦しみ、結果を残せない日々が続いた。

 画面越しからも伝わる、かつての甲子園のスターの苦悩。
 だが香田監督は、早稲田大時代から、その「前兆」を感じ取っていたと明かす。

「大学時代から、少し苦しんでるなあとは感じていました。早稲田大では、リーグ戦で勝ち投手になることも多かったですが、高校時代ほどボールがきていないなと感じたり、投球フォームも『あれっ』と思うところがありました。それでもドラフト1位で入団することができて、頑張ってほしいな、結果出せよとという思いでしたね」

キャスターとしても華があり、実業家としても活躍できる

香田誉士史監督

 スピンの利いた直球に切れ味の鋭いスライダーと、本格派のイメージが強かった高校時代の斎藤。だが、大学では直球の走りが徐々に落ちていき、相手打者の反応を見ながら打ち取っていく技巧派へとスタイルを変化させていった。

「抜群のストレートを投げるタイプではなかったので、上手い具合に結果を残せばと思っていましたが、大学、プロと苦しんだのかなと思います。その中で何とかもがいて、1軍に上がってチームに貢献してほしいと思ってずっと見ていましたけどね」

 11年間のプロ生活、斎藤は最後まで苦しみ続けることになったが、そんな姿に香田監督は温かい労いの言葉を口にする。

「彼はチームに貢献したいと、ずっと思ってやってたと思うんです。そういった意味では本当によくやったのかなと思います。10年以上現役をやる選手って、なかなかいないですもんね。苦しんだなあ、でもよくやったなという思いですね」

 現在も株式会社斎藤佑樹を設立するなど、セカンドキャリアの動向に注目が集まっており、同じ野球界の一員として注目し続けることに笑顔を見せる香田監督。
 実は斎藤が早稲田大進学を決めた際、「野球選手ではなく一般就職の可能性もあるのでは」と思っていたいたことを明かし、今後は多方面での活躍を期待しているという。

「彼はいろんな才能を持ってそうだし、元々早稲田大に進んだ時も、私の中では普通に一般就職するんじゃないかなと思っていました。メディアの世界や、プロデュースといった方面に興味を持っているのではと勝手に思っていて、知名度と影響力が非常にあるので、スポーツ以外の分野でも活躍してほしいですね。キャスターとしても華があると思うし、実業家としても活躍できると思います」

 かつての敵将も太鼓判を押す、斎藤の第二の人生。
 今後の動向にも目が離せない。

(記事=栗崎 祐太朗)