2020年度の大学生を代表する左腕・早川 隆久(早稲田大)。木更津総合時代は、1年秋に防御率0.00、2年連続選抜出場し、3年では春、夏ともにベスト8。

 特に夏は2試合連続完封勝利。さらに日本代表入り。140キロ前半の速球はわかっていても打てないぐらい切れ味があり、変化球の精度も抜群で、まさに攻略困難な左腕だった。

 そして早大入学後はパワーアップし、最速151キロの速球に加え、回転数が高いスライダー、カットボール、カーブ、チェンジアップと多彩な変化球を投げ、リーグ通算7勝ながら、185奪三振。そんな早川隆久がこの3年間でどんな意識で成長の跡をたどってきたのか。3篇にわたるロングインタビューをお届けしたい。

1年次の防御率5,6点台。それでも腐らず努力を継続してきた

高校日本代表時代の早川隆久

 高校3年は春夏ベスト8入りし、プロから注目された早川 隆久だったが、ぎりぎりまでプロか早大入学で迷っていた。まず早大入学に憧れを持っていたのは高校3年春のこと。

 早明戦、早慶戦を見に行き、応援の雰囲気、そして左腕エース・大竹 耕太郎のピッチングを見て、「自分も大竹さんのような投手になりたいと思いました」と憧れを持つ。それでもプロ入りの思いはあったが、完全に大学進学に気持ちが傾いたのは、高校日本代表に選ばれ、大学代表との壮行試合だった。

 先発した早川は大学代表に打ち込まれ5失点。さらにその後の投手陣が無失点に抑えているのを見て自分との力の差を痛感した。
 「この試合が決め手がなりましたね。ほかの高校日本代表の投手陣は本当にレベルが高いなと思いました」

 それもそのはず、この高校日本代表からドラフト1位は今井 達也(作新学院-埼玉西武)、寺島 成輝(履正社-東京ヤクルト)、堀 瑞輝(広島新庄-北海道日本ハム)、藤平 尚真(横浜-東北楽天)と4人も誕生したのだから、ハイレベルだった。



早川隆久(早稲田大)

 こうして、早川は早稲田大4年間で腕を磨き直すことを決めた。

 しかし1年生では六大学のレベルの高さを痛感する日々。1年春は防御率5.12、1年秋は防御率6.00、2年春は防御率4.80と苦しい日々を送る。早川は当時について、
 「防御率もそうなんですけど、4年生のためにどうすればいいか、深く考えていたら気負いすぎて、1年生らしさがなくなってしまったなと思います」ともともとの思い切りのよいピッチングができなくなっていたと振り返る。

 その中でも早川は自省を繰り返しながら、ステップアップする。1週間のうち週4回は練習後の2時間〜2時間半の自主練習は欠かさず行ってきた。
 「内容はウエイトトレーニングと投球動作の確認が中心で、時間は限られていますし、4時間もできないので、2時間の中でどれだけ内容の濃い練習ができるかをこだわってきました」

トレーニング、変化球を投げる考え方のすべてが変わった

トレーニングに打ち込む早川隆久(早稲田大)

 早稲田大へ入学し、トレーニングの考え方、取り組み方も変わってきた。取材日の練習を見ると、片足ジャンプ、メディシンボール投げなどファンクショナルトレーニングが中心だ。地味で単調なトレーニングに見えるが、早川はこのトレーニングこそ大事だと語る。

 「がっつりウエイトするわけではなく、ファンクショナルトレーニングをすることによって、体の使い方、連動性が出てくるので、そういう面では今日行っているトレーニングは重要だと思っています」

 真剣な表情で取り組む早川を見ると、その言葉は嘘ではない。その意識は大学に入学して変化した。
 「高校の時はただメニューをこなしていて、体を大きくしたい目的でやっていたと思います。自分の目的としてはこのトレーニングはどういう意図が体を動かしているのか、上半身と下半身が連動して、投球動作に生かせるのかを考えて練習しはじめましたね」

 ストレートのスピードも順調に成長し、高校時代のマックス144キロから最速151キロへ成長。そうした積み重ねの結果、2年秋のリーグ戦では8試合を投げ、15.2回を投げ、23奪三振、防御率1.72と初の1点台を記録する。防御率が良くなったのは変化球の考え方が深まったというのも一因だ。



早川隆久(早稲田大)

 「高校時代は大きい変化を投げれば抑えられることができました。ただ東京六大学では、それだけでは、速い球と大きい変化の2種類だけに絞ればいいという感じになるので、なるべく速い変化で曲げることも大事だと思いましたし、球種を増やすことも重要だと感じました」

 高校時代は速球、スライダー、チェンジアップの3球種がメインだったが、大学ではストレート、スライダー、カットボール、カーブ、チェンジアップも投げ分けられ、さらに同じ球種の中でもカウント球、決め球を投げ分けもできるよう練習を行った。

 

 高校時代からトップレベルの才能を示した投手は順調に成長し続けるのは難しい。故障、フォームのメカニクスの崩れからくる不調などいろいろな要因がある。そんな中、早川は順調に球速、変化球の精度を高めることができたのは、ストイックな練習姿勢だろう。

 そんな早川の成長を促したのが元プロの小宮山悟監督の存在だった。

 前編はここまで。後編では小宮山監督が早川投手に及ぼした影響。そして大学野球ラストイヤーへの意気込みを伺った。後編もお楽しみ!(後編を読む)

(取材=河嶋 宗一)

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