1年生から名門・智辯学園の中軸を担い、今夏の甲子園では2本塁打の活躍を見せた前川 右京(3年)。プロ志望届を既に提出し、運命のドラフト会議を待っている。

 この1年間は不調に悩まされる時期もあり、決して順風満帆とは言えなかった。それを乗り越え、集大成の夏に力を発揮した前川の1年間に迫る。


体を絞った秋から春

インタビューに応じる前川右京(智辯学園)

 昨秋の近畿大会では決勝で大阪桐蔭を下して優勝を成し遂げた智辯学園。前川もこの試合で本塁打を放つなど、優勝の原動力となった。それでも慢心することなく、「野球としての粗さが目立っていたので、丁寧な野球をしようと思っていました」とセンバツに向けてより精度の高さを求めて練習に取り組んでいた。

 しかし、それが結果的に迷いを生むことになる。センバツでは小坂将商監督と「バックスクリーンにホームランを打つ」と約束していたが、「当てに行く打撃だったり、振り切れなかった打席があった」と本来の打棒は影を潜め、3試合で10打数2安打と不本意な成績。敗れた準々決勝の明豊戦では無安打に終わり、悔し涙を流した。

 その後は試行錯誤の日々が続く。「打つだけが仕事じゃなくて、守りにしろ、走るにしろ、四球で塁に出るにしろ、チームの為に何ができるかを考えて大会に挑むようにしました」とプレースタイルを一から見直した。

 そこで、「走れないと意味がない」と走る量を増やして、体を絞った。センバツ時は90キロだった体重を春季大会中の5月には83㎏まで減量させている。「体のキレも大事だということが改めてわかりました」と一定の効果を実感した。

コンパクト打撃でヒントをつかんだ夏

 さらに春季大会では従来の3、4番ではなく、1番や2番を任される試合もあった。「クリーンアップの時は決めようという気持ちがありましたが、1、2番を打ちだして塁に確実に出ることを意識してやっていました。最後までボールを見て、正確に芯で打つコンパクトな打撃も着実にできてきました」と新たな世界を見ることで、打撃の幅を広げることに繋がった。

 その甲斐もあり、夏の奈良大会では打率.643の大活躍。チームを甲子園出場に導いた。それでも、「打率は高く残せましたが、本塁打が0で長打もなかなか出ていなかったので、甲子園では長打も見せたいと気持ちを切らさずにやっていました」と結果に満足することはなく、甲子園に向けて調整を重ねていた。

 1回戦の倉敷商戦では1打席目から内野安打が飛び出すなど、4打数2安打1打点と上々のスタート。チームも10対3で快勝を収めた。

 このまま勢いに乗っていきたいところではあったが、そこから雨の日が続き、2回戦までかなり待たされることになった。智辯学園は幸いにも自校のグラウンドで練習することができたが、外出はできず、グラウンドとホテルを往復するだけの生活。ストレスが溜まってもおかしくないが、「指導者さんが差し入れを下さったりとか、自分たちのために気を遣って下さったので、問題なく過ごせました」と周囲の配慮もあり、大きな問題はなかったそうだ。

感謝の気持ちで打った甲子園本塁打

ティーバッティングをする前川右京(智辯学園)

 1回戦の10日後に行われた2回戦の横浜戦。1番で出場した前川は3点リードの6回裏に無死一塁の3ボールから、「ストレートに絞っていた」と外角のストレートを振り抜き、バックスクリーン左に待望の甲子園初アーチを叩き込んだ。

 「ずっと甲子園で打ちたかったので、とても嬉しかったです」と聖地での本塁打を噛みしめた前川。続く3回戦の日本航空戦でも右中間に2ラン本塁打を放ち、2試合連発。「最後までボールを見続けて、変化球を打てたのはとても意味のある一打席だったと思います」と快心の一打を振り返った。

 本来であれば、前川の本塁打で甲子園の大観衆が大いに湧き上がったはずだ。しかし、コロナ禍で今大会は学校関係者や部員の家族しか入場できず、声を上げての声援も禁じられた。できることなら大歓声を浴びながらダイヤモンドを一周したかったことだろう。だが、それ以上に前川が感じていたのが、甲子園で野球ができることへの感謝だった。

 「今はコロナ禍で野球ができているだけでもありがたいこと。無観客でもやらせて頂けることに感謝という気持ちで野球をさせて頂いていました」

 昨年は甲子園で日本一を目指す戦いが中止になった。先輩たちの無念を知っているからこそ、頂点を目指して戦えていることに喜びを感じていた。決勝では智辯和歌山との兄弟校対決に敗れて、目標の全国制覇を成し遂げることはできなかったが、自分たちの力を出し切った満足感もあった。

 「夏の甲子園で日本一を掲げてやってきて、後一歩届かなかったんですけど、このメンバーと日本一を目標にして、毎日汗を流してやってきたことは自分たちの中では宝物なので、やり切ったという気持ちでいっぱいです」

人の大切さ知った智辯学園での3年間

前川右京(智辯学園)

 智辯学園で充実した高校野球生活を送ることができた前川。3年間で特に学んだことは「人を大切にすること」だという。

 「メンバーに入れない選手やサポートしてくれる同級生がいるから自分たちがグラウンドに立てています。甲子園でもホテルで自分たちが休養をとっている間にも休憩せずにデータをとってくれたり、自分たちがやりやすいような環境を作って下さったスタッフの方々のおかげで、自分たちはノビノビと野球ができていました。サポートしてくれた人たちへの感謝の気持ちを忘れずに、これからもやっていきたいです」

 甲子園での戦いを終え、次なる目標であるプロの世界に進むためにプロ志望届を提出。金属バットから木製バットに持ち替え、自主練習に励む日々を送っている。「意外といけそうな感じもするんですけど、今はピッチャーの球を打っていないので、まだ何とも言えないです」と木製バットの手応えは半信半疑といったところ。それでも取材日のフリー打撃では快音を飛ばしており、早くから適応できてもおかしくない雰囲気を感じさせてくれた。目標にしているのは、現在パ・リーグ首位打者をひた走る吉田 正尚(オリックス)だという。

 「体の軸がぶれずに自分のスイングをして、ボールを遠くに運ぶというところが魅力だと思います。自分もそういった形で打てるように練習して頑張りたいです」

 吉田は東京五輪の日本代表に選ばれ、金メダル獲得にも大きく貢献した日本を代表する打者だ。前川も将来はそういったクラスの選手を目指しているが、「まだそのレベルに達していないので、自分に驕ることなく毎日一生懸命練習して、いつかそういう舞台に立って活躍できるように頑張りたいです」と謙虚に語る。どんなに結果を残しても慢心せずに努力できるのも彼の良いところだ。

「泥臭く」プロ志望へ

 プロ野球という結果が全ての世界に挑戦する決意を固めた前川。「苦しい時期も絶対にあると思いますけど、そこで耐えて、いつか絶対に活躍するんだという気持ちを忘れずに泥臭く頑張っていきたいです」と既に覚悟はできている。

 春の悔しさを乗り越えて、夏に甲子園で2本の本塁打を放った前川なら、プロの世界で訪れるであろう壁も克服してくれそうな期待感がある。世代屈指のスラッガーのこれからが楽しみだ。

(記事=馬場 遼)