大学準硬式野球界にとって初となる甲子園で開催される大会、全日本大学準硬式野球東西対抗日本一決定戦甲子園大会が13日に開催される。全国各地から選出された選手たちが、1日限りの夢舞台を盛り上げる。

 東日本選抜と西日本選抜の2チームに分かれて戦うが、東日本選抜に要注目の剛腕がいた。

辞めることも考えた高校野球

慶應義塾大・日比谷 元樹

 連盟のリリースでは、最速149キロと明記。大学準硬式の枠にとどまらず、硬式の世界でも通じるのではないか、と思わせる逸材の名前は慶應義塾大の日比谷 元樹投手(3年=慶應義塾)だ。

 小学2年生から野球をはじめ、中学生まで軟式野球でプレーしてきた。その後、強豪・慶應義塾へ進み、最後の夏は控え投手としてベンチ入りも果たした。エースになることはできなかったが、神奈川県を代表する強豪でベンチ入りをつかむのは、並大抵のことではできない。高校時代から秘めたるポテンシャルを見せてきたかと思われるが、実はそうではないという。

 入学当初は最速120キロ中盤くらい。突出したスピードはなく、その後、新体制になった1年生秋の時で126キロと剛腕投手の片鱗は見せることはなかった。それどころか、1年生秋から、捕手へのコンバートを命じられていた。

 「そのときはキャッチャーをやることに前向きではなく、ピッチャーに戻りたかったので、『やめたいな』と考えたこともありました」

 モチベーションを高めることができず、練習に対して中途半端になることも多かったという。サポートに回ることも多く「何のためにグラウンドに来ているんだろう」と、決して主体的ではなく、受け身で野球に取り組んでいた。

 それでもチーム事情により、2年生の秋から投手へ復帰。捕手をやっていたことで鍛えられた地肩を駆使しても129キロ。スピードに大きな変化はないが、指導者、選手間で教えてもらったことを取り入れていくうちに、春は133キロまでスピードを伸ばし、集大成の夏は136キロに届き、控え投手としてチームの戦力になっていた。

 夏は4回戦でその年の優勝校・東海大相模(神奈川)に敗戦。夢舞台・甲子園には手が届かなった。しかし、「投手に戻ってからは充実感がありました」と本来やりたかった投手というポジションで最後の1年間できたことに、どこか満足感があった。

熱量に打たれ、大学準硬式の世界へ

 一方で、「まだ球速は伸ばせる」確証はないが、どこか自分の可能性を信じていた。ただ硬式は、大学球界屈指の名門。高校時代、控えだった自分が通じるか分からない。それでも野球をやりたいと思い、大学進学後は、理工学部の体育会にあった硬式野球を選択。週3日ほどで硬式をやれることに魅力を感じていたが、新型コロナウイルスが襲い掛かった。

 入学時に蔓延し始めたことで、前期は活動がほとんどなく、後期から再開したものの、週1日の練習、試合ほどと練習量が物足りなかった。球速も130キロ後半まで伸び始めたことで、木製バットを使う打者を抑えることが増えてきて「もっとできるだろう」と現状には物足りなさが出てきた。

 そんな日比谷に転機が訪れた。高校時代の友人から、大学準硬式への誘いを受けた。

「行く前まではあまり知らなかったこともあり、サークルに近いような活動が中途半端なイメージを強く持っていました。ですが、リーグ戦を見に行った際に、先輩たちのレベルの高さはもちろん、本気で悔しがって泣いている姿を見て、『こんなにすごい熱量なんだ』と心打たれて、ここなら本気で野球に向き合えると思って決めました」

 さらに良かったのは、学生主体によるチーム運営だ。大学準硬式の世界では、監督がいないのはほぼ当たり前。学生が監督を兼任し、試合中にサインを送ることは珍しいことではない。慶應義塾大も監督はいるものの、練習にはどうしても顔を出せないため、学生同士でメニューを決める。

学生主体だからこそ、本気で上手くなれる

この野球について考える風土があったことで、球速も伸びてきた。

「高校の時に、フォームを変えて球速を伸ばせた実績があったので、フォームへの研究は興味がありました。だから大学準硬式では同級生の大谷(拓輝)とよく映像を見て意見を交換しあって、フォームづくりをしました」

 特に胸の張りを大きくして、フォームの中にしなりを作るなど、多くの好投手の映像を見て気づいたことを取り入れた。練習方法も受け身になるのではなく、意見をもって主体的に取り組んだ。決してウエートトレーニングによる出力向上ではなく、「軽い重量でやるくらいで筋肉を固くせず、土台となるフォームをしっかり仕上げてきた」ことで149キロまで来た。

 練習量を積むのではなく、練習の質を見つめ直した。さらに、周りの仲間たちの姿も日比谷の心を燃やし続けている。

 「練習量では硬式に劣りますが、早朝や夜遅くに練習をする選手もいれば、ジムに通って体づくりをする選手もいて、高校時代よりも真剣になって取り組んでいる選手が多いです」

 選手主体で意見を出し合って最適を見つける、そして強くなる、という世界観がある一方で、文武両道を重んじる世界でもあるため、学業との両立もしっかりしている。事実、慶應義塾大は、午前中だけが練習。しかも第一優先は授業となっているため、練習に遅れて参加することも認められている。

 アルバイトについても慶應義塾大では認められており、日比谷もアルバイトを通じて社会勉強もしっかりしているという。

 2023年は4年に進級し、いよいよ大学野球も最後の1年。上の世界で継続することも本人の中では視野に入れて活動するという。現在、王子製紙の主力となった高島 泰都投手(滝川西出身)がいるように硬式に戻って活躍することも十分可能だ。

 しかし並大抵な結果では、社会人野球に進むのは難しい。本人も十分に理解しており、強い覚悟持っているようだったが、大学準硬式への感謝の思いが強かった。

 「高校時代に甲子園を経験したようなすごい選手、ベンチ外だった選手など色んな人がいる世界です。けど全員が本気でやる環境だから、監督がいなくても学生同士が協力してうまくなりますし、完全燃焼ができる世界です。幅広い選手を受け入れる世界なので、硬式に行くことが不安であれば、大学準硬式を考えてほしいと思います」

 取材後、日比谷の口からは「硬式でも行けるかなと思ったこともあった」と意外な話も出てきた。149キロまで伸ばしていれば、現状に不満があるのは仕方ないと思ったが、「けど、ここで優勝したいんですよね」と笑顔で話していた。誘ってくれた同級生のため、そして大学準硬式への恩返しをしたいのだろう。

 純粋で笑顔が時折こぼれる表情からは、充実感は十分伝わる。その姿が甲子園でも見られるのか、日比谷のこれからが楽しみだ。

(取材=編集部)