昨夏甲子園ベスト4・済美を破った新居浜商の「超素材コンビ」

1回裏三盗から相手失策を誘い先制点を奪った新居浜商・曽我部幸生(3年・中堅手)

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 愛媛県立新居浜商業高等学校〜1960年4月・新居浜市立新居浜商業高等学校として創立され、1975年には野球部が前年のセンバツ初出場に続き、北四国代表として第57回夏の甲子園初出場準優勝の快挙。東京ヤクルトスワローズ・小川淳司監督がエースだった習志野(千葉)との激しい決勝戦は、今も日本高校野球史と愛媛県民・新居浜市民の記憶に強く刻まれている。

 その後、春は1976・1977年に連続で夏は1979年に阪神甲子園球場 出場。1990年には市立から愛媛県立に移管されて以降は甲子園出場は果たせていないが、近年はユニフォームを1970年代当時に戻し、2018年1月からは同校OBで1979年夏の甲子園経験を持つ田井 修一氏が指揮官に就任。さらに2015年センバツでは今治西の代行監督として1勝をマークした30歳・黒木 太雄氏を部長に据え、彼らは40年ぶりの甲子園を狙う体制を整えようとしている。

 そんな矢先、新居浜商にとって格好の腕試しが「愛媛県立新居浜商業高等学校創立60周年記念招待試合」として訪れた。対戦相手は済美。今季公式戦では秋は県8強、春も県大会初戦敗退(16強)に留まっているとはいえ、昨夏甲子園では4強。当時1年生として全5試合に出場した山田 響(2年・左翼手・右投右打・169センチ75キロ・新居浜ヤングスワローズ出身)は春以降、4試合連続練習試合アーチをかけ、同じく準々決勝・報徳学園(兵庫)戦でスタメンを張った越智 伊吹(2年・三塁手・右投右打・177センチ87キロ・西条ボーイズ出身)もゴールデンウィークの熊本遠征で2打席連発アーチを放つなど、愛媛大会3連覇へ向け急ピッチで力を上げているなど、公式戦では秋・春共に初戦敗退に終わっている新居浜商にとって難敵なのは間違いないところだった。

 しかし、新居浜商は第1試合、そんな盟主と互角以上に渡り合った。原動力となったのはここに来て四国野球関係者の間で好評価が飛び交い始めている「超素材コンビ」である。

 まず存在感を示したのは旧チームでの控えから50メートル5秒9の俊足を買われ、右打ちからスイッチヒッターを経て左打に転向・リードオフマンを務める曽我部幸生(3年・中堅手・164センチ58キロ・右投左打・新居浜市立大生院中出身)だ。1回裏に四球を選び、犠打で二塁へ進むと「相手投手のモーションを見て絶対に行けると思った」三盗を単独で敢行。完全にセーフのタイミングで滑り込むと旧チームからの主力である済美・芦谷 泰雅(3年主将・169センチ85キロ・右投右打・伊予三島リトルシニア出身)の送球ミスも重なり先制点を奪ってみせた。



第2試合1回裏バックスクリーン左への130メートル弾3ランを放ちダイヤモンドを一周する済美3番・山田響(2年・左翼手)

 投げては主将・4番を張る最速139キロ右腕・江口勝生(174センチ63キロ・右投左打・伊予三島リトルシニア出身)が「できることを最大限する」意識を9回継続。この日は低めにボールを集め、要所で「スラッター」を使いつつ、3番・芦谷からはストレートで2三振を奪う気迫で122球4安打6奪三振1失点完投。その4安打も打たれたのは1番・山田と5番・森脇悠吏(3年・中堅手・左投左打・175センチ78キロ・南あわじ市・洲本市組合立広田中< 兵庫>出身)の2安打ずつのみだった。

 かくしてこの2人に引っ張られ、新居浜商は1日1000スイングを昨年冬から継続している打線も奮起。2回裏は無死三塁から7番・河野颯(3年・一塁手・右投右打・178センチ88キロ・新居浜市立川東中出身)が初球を叩き2点目。7か表、済美に犠飛で1点を返されても直後の7回裏一死一・三塁から5番・日野匠望(3年・捕手・右投右打・168センチ63キロ・新居浜ヤングスワローズ出身)に対し「めったに出さない」スクイズをタイミングよく出した田井監督の采配も光り、新居浜商が創立60周年を飾る快勝を収めている。

 なお、第2試合では3番・山田のバックスクリーン左への特大130メートル弾となった先制3ランで主導権を握った済美が、山田の2打席連発・3安打6打点を含む14安打3本塁打で圧勝。

 第1試合に続き8番・遊撃手で安定した守備で魅せた明智拓人(右投右打・170センチ71キロ・宇和島ボーイズ出身)、先発4回無失点の林優斗(182センチ85キロ・右投右打・鳴門市大麻中<徳島>出身)、7回表を堂々としたマウンドさばきで締めた水田翔大(167センチ60キロ・右投右打・高知市立青柳中<高知>出身)といった1年生たちも落ち着いたプレーで「安心して見られる」と中矢太監督を喜ばせるなど、両チームにとっては夏に向けて収穫多き2試合となった。

(文・=寺下 友徳)