画像はヨーロッパ経済の中心地、フランクフルトの欧州中央銀行ユーロマークオブジェ(ひろスポ!ドイツ取材班撮影)


コロナ危機と被爆75年、菅総理と広島市松井市長とドイツのシュタインマイヤー大統領、天皇杯100回大会と広島県サッカー協会100周年考察

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コロナ禍、日本の危機、広島の危機…

 

「菅義偉」と検索すると「やめろ」と出る。ツイッター「#スガやめろ」は2020年12月すでにトレンド入り。さらに1月7日の会見で火に油を注ぎ、テレビ生出演や“疑似生”での言動も含めて、ネット上でも集中砲火を浴び続けることとなった。

 

安倍前首長の過去を穿り返されないためだけ?に首相の椅子に座った、との声もある。また、自分の意に沿わない者は強制排除するその手法を「スガーリン」と呼ぶ向きもある。が、今、国民の目は「中身スカスカ」を完全に見透かし、ゆえに国のトップの指示に従う意欲を失いつつある。

 

「何を伝えるか」すら、わかりづらい首相の言葉には「どんな思いを伝えるのか」がない。ネット上の声を拾うと…

 

・誰に向かって話してる?

・毎回笑う、何がおかしい?真剣に答えよ

・緊急事態宣言も通常会見も変わらない、危機感も熱意も伝わらず、国民に協力呼び掛け?

・全く頭にも心にも響かない。

・最後に「私の挨拶」?緊急事態宣言の発出会見では?

・紙読んで、緊急事態宣言…

・この人の言葉、不信感しかない

・官房長官時代からこの死んだ目、態度大嫌い

・GOTO…菅、二階による人災。「感染拡大は飲食が問題」と論点ずらし、みえみえ

・虚ろな眼、自信の無さ

・絶望的コミュニケーション能力なし

・メルケル、ジョンソン…他国の指導者本当に偉大に感じる


…といった具合。こうした国民の声を多くの「読者」が共有している。テレビ番組での識者発言やこうしたネット上の声を細かくチェックして報告書を作成する内閣官房担当は仕事が増える一方だろう。

 

パンデミックは人間社会によって生み出されたものではあるが、戦争とは事情が異なる。しかし、人類共通の危機、という点ではパンデミックも戦争も一緒。日本が次に国際紛争の中に身を置いた場合もやはり「スカスカ」会見とともに国民の生命と財産が危機的状況を迎えるであろうことは容易に想像がつく。

 

広島でも湯崎知事や広島市の松井市長のコロナ禍における評判が芳しくない。ネットでの住民の反応は落ち目の「スガーリン」並みの低調さだ。

 

松井市長に至っては、年末年始の大事な時期もテレビカメラの前にさえ姿を見せなかった。ネットでは「市長はどこで何してる?」の声が多数上がっている。これは昨今、頻繁に繰り返されるようになった自然災害発生時の対応とも酷似する。予測困難な危機をいかに未然に防ぐか?トップの手腕が問われるたびに広島は後手に回ってきた。

 

広島市のコロナ禍におけるメディア対応は阪谷幸春・保健医療担当局長が一手に引き受けている。「市庁舎内で人目もはばからず局長を怒鳴りつける、あの秋葉忠利前市長の時代にも市長を支えてきた」との高い評価を得ている坂谷局長はさすがにタフなようで、2020年4月以降、連日のように記者クラブの取材に応じている。

 

ただ気になることもある。2020年4月2日の最初の注目すべき会見時に、感染者に関する情報を「プライバシー」を理由になるべく抑えようとするその姿勢に対して記者から質問が相次いだ。

 

「重大な局面」となれば必要な情報は出す、との返答で押し切ろとした坂谷局長は、最後には「我々に任せていただきたい」と言い切った。

 

で、任せた結果が2020年12月中旬の広島市民にとって一番、憂慮すべき事態に直結した。なんと、直近1週間の10万人当たりの新型コロナウイルス新規感染者数が20政令指定都市の中で最多となったのである。

 

本来なら松井市長は坂谷局長を更迭しても良いぐらいの非常事態である。感染が広がりを見せるのは、失わずに済む市民の生命を危険にさらすのといっしょだ。

 

それでもマイクの前にさえ立とうとしない松井市長。政党や首相の支持率は頻繁に伝えられるが、自治体首長のそれにトライする地元メディアはない。

 

海外では一国のトップが危機的状況を打開するにあたってどんな振る舞いを見せてきたか?ドイツを例にとると、シュタインマイヤー大統領が2020年4月1日に行ったテレビ演説も高い評価を得ている。

 

その演説は「皆さん、こんばんは。あと数時間でイースター(復活祭)を迎えます。屋外には花が咲き、私たちは外へ出て愛する人々や家族、友人の下へ行きともに過ごしたいという思いに駆られます。これまではもいつもそうでしたし、いつもそうしてきました。しかし、今年は全て違います」で始まる。国民のハートにそう呼びかけた、のである。

 

もちろん視線を落とすようなことはない。カメラの先のドイツ国民に向けて大統領は続ける。

 

「私たちは今、大事な分岐点に立っているのだと思います。この危機の中にあって、私たちがとりうる二つの異なる方向性が見えています。誰もが自分のことだけを考え、人を押しのけ、買い占めに走り、自分さえ良ければいいという風になるのか、それとも、ほかの人のため、社会のためにという新たな社会とのかかわり方が根付くことになるのでしょうか」

 

「このパンデミックは戦争ではありません。国と国、兵士と兵士が戦っているわけではないのです。そうではなく、試されているのは私たちの人間性です。この状況下では私たち人間のBESTあるいはWORSTな部分が表に出てきます。お互い、自分自身の心の中の一番良い面を出し合いましょう」

 

「私の後ろの青い旗(EU旗)は理由あってのことです。ドイツ統一30年、戦後75年。ドイツは欧州との連帯を強めるようも求められるだけでなく、連帯の義務を負っています」

 

「ひとりひとりの行動こそが、ほかの人々が生きていくために不可欠なのです」

 

人間の持つ二面性、性善説と性悪説。新型コロナウイルスによって、そこが試されている、との基本的なポイントを押さえる。そこを言葉にした政治家が、日本にはどれほどいただろうか?平和や世界連帯を訴え続ける広島にこそ欠かせないこの発言を、まだ湯崎知事や松井市長の口から聞いた記憶はない。

 

「想像力の欠如」が地上に禍をもたらすのは明らかで、中国・武漢発のはずの新型コロナウイルスもその最たる例と言えるだろう。


その武漢市は、中国サッカーリーグ(1部)所属の武漢卓爾のホームでもある。


サッカーで言うなら広島サンフレッチェ広島のオフィシャルサイトには「広島サッカーの歴史」が綴られている。そこでは第一次世界大戦のあと似島(現広島市南区)に連行されたドイツ軍捕虜と広島学生チームの“国際マッチ”開催までの経緯や、ドイツサッカーを学び広島に広めた指導者のことが紹介されている。

ちょうど100年前の1921年(大正10)年、ドイツ捕虜との国際試合大敗から2年後に広島サッカー界の夜明けが訪れる。広島中(現国泰寺高校)が、第五回極東選手権に出場した国内初の選抜チームである日本代表に勝利し、さらに広島高等師範(現広島大学教育学部など)が始めた第1回中等大会や神戸高商主催の第1回関西中等大会でも優勝を果たしたのである。

 

この年、大日本蹴球協会創立(現日本サッカー協会)も設立されている。そこには広島中、広島高等師範の関係者4人が名を連ねた。大日本蹴球協会創立は9月10日。第1回天皇杯(当時はア式蹴球全国優勝競技会)開催は11月。ゆえに2021年の天皇杯元日決勝は第100回記念大会となった。

 

歴史を振り返れば「想像力」がいかに大事か、が明確になる。

 

広島では1914年(大正4年)に広島県物産陳列館(現在の原爆ドーム)が完成。その姿は当時の人々にとっては、2009年の竣工時に話題となったあのマツダスタジアムより遥かに大きなインパクトを人々に与えたはずで、また広島人の自慢でもあったに違いない。

 

1919年(大正8年)には、そこで似島独逸俘虜技術工芸品展が開催された。バウムクーヘン、ソーセージ、パンなどに行列を作った市民の姿が目に浮かぶようだ。そしてちょうど100年前の1921年には広島県立商品陳列所と名前を変え、1933年(昭和8年)に広島県産業奨励館となる。

 

ところが1937年(昭和12年)、日中戦争勃発。レンガ造りの耐火構造だった産業奨励館には国や県の機関が入るようになり、1944年(昭和19年)には「産業奨励」業務を停止。そして運命の時を迎える…

 

当時の人々は「独逸」の進んだ文化や技術を、いったい何のために学ぼうとしたのか?その先に廃墟と化した終末的な風景が存在することを「想像」した者はどれほどいたのだろうか?

 

「ひとりひとりの行動こそが、ほかの人々が生きていくために不可欠なのです」

 

ドイツは100年の時を超え、再び広島に大切なことを伝えようとしている。ただ残念なことにシュタインマイヤー大統領のテレビ演説は、広島のマスコミからはほとんどスルーされている。

 

なお、2021年9月で日本サッカー協会は100周年を迎える。その日本サッカー協会設立から3年後の1924年に広島県サッカー協会が設立されている。

 

ゆえに広島県サッカー協会100周年のメモリアルイヤーは、広島の新サッカースタジアム竣工予定の2024年と重なっている。かつて広島の顔であった産業奨励館と、サッカースタジアム建設予定地は、直線距離にしてわずかに500メールしか離れていない…

広スタ特命取材班(福山平成大学・広島スポーツ学より一部引用)