速報!マツダスタジアムそば、段原の町と比治山も祝福…高津臣吾氏が野球殿堂入り、黒田博樹氏は届かず


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公益財団法人野球殿堂博物館は1月14日、「2022年 野球殿堂入り通知式」を開催し3氏の野球殿堂入りを発表した。


競技者表彰委員会・プレーヤー表彰からは、高津臣吾氏と山本昌氏 が、 特別表彰委員会から松前重義氏が新たに殿堂入りした。


野球殿堂入りはこれで212名となった。


一方、競技者表彰委員会・エキスパート表彰は当選に必要な得票数を満たした候補者がいなかったため、該当者なしとなった。

 

「競技者表彰」…「プレーヤー表彰」と「エキスパート表彰」に分けられている。「プレイヤー表彰」は現役を引退後5年以上が経過するとそれから15年間選考対象となり、野球報道に関して15年以上の経験を持つ委員による投票で75%以上の得票を集めると殿堂入りとなる。


「プレーヤー表彰」の候補者は前回まで23人で広島で言えば佐々岡真司監督、野村謙二郎元監督も名を連ねているが新たに黒田博樹氏が候補者となったことでメディアに大きく取り上げられた。

 

有効投票数は361で、当選必要数は271。高津氏は311票(86・1%)、山本氏は307票(85・0%)を集めた。次点はヤクルトや巨人などで活躍したアレックス・ラミレス氏の209票で黒田博樹氏は165票(45・7%)だった。


「エキスパート表彰」は監督・コーチを退任してから6カ月が経過している人物、もしくは21年以上前にプロ野球の現役を引退した人物が対象で、野球報道年数30年以上の経験を持つ委員ほかによる投票でやはり75%以上の得票を集めると殿堂入りとなる。


 

高津臣吾氏についてはひろスポ!でもこれまで様々な角度から伝えてきた。

 

広島市南区出身。広島市出身で初のプロ野球日本一監督で、その生い立ちは広島の平和の象徴である平和大通りとその東端にある「比治山」の風景と重なる。

 

「喝」と「あっぱれ」を先ごろ引退した張本勲氏は「比治山の影」によって原子爆弾の爆風と熱線から逃れ命を救われたことで知られるが、高津氏は張本氏の段原中学の後輩に当たる。張本氏は1990年野球殿堂入り。

 

 

高津氏の”野球人生”は多岐に渡っており、その経験が2021年シーズンのヤクルトの20年ぶりの日本一に繋がった。その原点である「比治山」に上がれば、広島の市街地もマツダスタジアムも見渡すことができる。

 

そして比治山とマツダスタジアムの間を流れる猿猴川(えんこうがわ)には、高津氏の偉業を祝う横断幕(記事冒頭の画像)が掲げられている。

 

またここに「野球殿堂入り」を祝う声も添えられることだろう。(ひろスポ!広島スポーツ100年取材班&田辺一球)


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