◆全国高校野球選手権沖縄大会 ▽決勝 興南15−1美来工科(16日・沖縄セルラースタジアム那覇)

 沖縄で決勝が行われ、10年春夏連覇の興南が、全国一番乗りで2年ぶり11度目の甲子園出場を決めた。1年生左腕の背番号11・宮城大弥(ひろや)が公式戦初先発で自己最速142キロをマークし、13奪三振1失点完投。今大会全6試合22回1/3を投げ、1失点で34三振を奪った。

 “琉球のドクターK”に名乗りを上げた。宮城は、最後の打者を141キロの直球で空振り三振に打ち取り、大きく息を吐いた。9回は圧巻の3者連続三振。33度の猛暑にも負けず、無四球で9回7安打13奪三振だ。ここまで5試合で36得点の美来工科の強力打線を、わずか1点に封じた。

 公式戦初先発。告げられたのは、この日の朝だった。「驚きはなかった。自信はあった」。躍動感のあるオーバースローで、今大会全6試合に登板し、計22回1/3を投げ34奪三振。8回に失点するまで、20回1/3を無失点だった。奪三振率は驚異の13・70。三振数、奪三振率ともに江川卓や荒木大輔、桑田真澄の1年時の地方大会を上回る。我喜屋優監督(67)は「島袋(現ソフトバンクで10年に同校で甲子園春夏連覇)もここまでの度胸はなかった」と目を細める。

 野球が大好きだ。兄の影響で1歳からボールとバットが遊び道具だった。4歳時にはすでに小学生の野球チームに所属。練習に明け暮れた。小学4年で39度7分の熱を出し早退した日も家族の目を盗んで家の裏口から“脱走”して練習に参加。母・礼子さん(49)は「部屋に行ったら姿がなかった」と笑顔で当時を振り返る。

 小学5年時には投げ過ぎが原因で左肘を剥離骨折。肩が上がらなかったが、幼少期からボールに触れていたことで、知らないうちに両投げを習得していた。けがの期間中、投手ではなく右投げの外野手としてプレー。中学1年になると右投手として登板も果たした。中学2年で完治するまで、決して野球から離れようとはしなかった。

 今春の沖縄大会準決勝・沖縄尚学戦。入学前だったためスタンドから声援を送った。チームは3―5で敗戦。試合後は我が事のように悔しがり「俺が抑える」と同期に宣言した。入部してからは連日ブルペンで100〜150球を投げ込んだ。「周りからすごいと思われる投手になりたい」と話す左腕が、甲子園でも自慢の直球で相手をねじ伏せる。(河原崎 功治)

 ◆宮城 大弥(みやぎ ひろや)

 ★生まれと球歴 2001年8月25日、沖縄・宜野湾市生まれ。15歳。4歳から同市の志真志ドラゴンズに投手として所属。嘉数中時代は宜野湾ポニーズで3年時に全国大会優勝。昨年は県内ポニーリーグ初のU―15W杯日本代表に選出され、準優勝に貢献。今春、興南に入学し、九州大会からベンチ入り。

 ★サイズ 173センチ、70キロ。左投左打。50メートル6秒3。遠投120メートル。

 ★家族 両親、兄3人、姉3人、妹。長男の誠さん(30)は興南野球部OBで、夏の沖縄大会8強が最高。

 ★好きな食べ物 カツ丼。高校は寮生活だが、中学まで、試合の前日には母手作りのカツ丼で英気を養った。

 ★休日の過ごし方 自分の試合動画、投球フォームを確認すること。

 ★球種 カーブ、スライダー、シュート。

 ★目標 3年夏までに150キロを出すこと。

 ★将来の夢 プロ野球選手。