最年少イリュージョニストとしてギネス認定を受け、「てじなーにゃ」の決め言葉でおなじみのマジシャン・山上兄弟がデビューから16年、寄席芸人に“転身”していた。

 山上兄弟は兄・山上佳之介(よしのすけ=22)、弟・山上暁之進(あきのしん=21)の兄弟ユニットで、佳之介が6歳、暁之進が5歳の時にデビュー。その愛くるしさからテレビ番組などで人気を博していた。

 兄・佳之介が今春に大学(日大芸術学部演劇学科)を卒業したことを契機に、4月から落語芸術協会(桂歌丸会長)に入会、6月上席後半(6〜10日)の浅草演芸ホールを手始めに、都内の寄席に出演している。

 佳之介は「ずっと入りたいと思っていたんです」、暁之進は「(入会で)大人として認められた、就職が決まったような感じですね」と笑顔で話した。これまでは学業優先で活動していたが、暁之進も大学(東京工芸大学芸術学部映像学科)4年となり単位もほぼ取得。「卒業制作で映画を撮影している」と余裕があることから、入会を決めた。

 イケメン・マジシャンに成長した山上兄弟にとって意外にも寄席は思い入れのある場所だった。元日本ハム・新庄剛志さんの現役時代のパフォーマンスをプロデュースした父のマジシャン・北見伸(56)は同協会に所属し精力的に寄席に出演している。佳之介は「父と一緒に出たり、高校生の時に代演で出させていただいていた」と、父の後を追うように入会を決めた。会員となって初めてもらった寄席割(給金)は記念に取ってあるという。

 佳之介は大学の卒論で「観客との距離感」を執筆した。落語家・春風亭昇太やお笑いコンビ「ナイツ」にインタビューをして、寄席やディナーショーなど会場の違いによる出演者と観客の距離感の変化を研究した。寄席では「色物」としての出演となり、通常15分程度の持ち時間もその日の流れによって変化することもしばしば。佳之介は「父からも色物は時間が調整出来るようになりなさいと言われているので、慣れています」と話せば、暁之進は「(時間が)短くなれば単純に僕のマジックが減っていくだけです」と苦笑い。2人はまずは新しいネタを試すことを心がけ、毎日違う寄席の空気感を察知し、ネタの順番を入れ替えるなど臨機応変に務めている。

 成長もある。佳之介は「昔はしゃべらないでマジックをやっていたけれど、テレビに出たときに『みんな、山上兄弟のしゃべりを聞きたいと思っているよ』と言われて…」。マジックの合間にトークを織り交ぜるようにした。暁之進は「笑いを取ったほうがお客さんが喜ぶので、ナイツさんやマギー審司さんに相談してアドバイスをもらっています。今はマジックで驚かれるより笑いを取る方が気持ちがいいです」。マジックの構成は佳之介が、トークは暁之進が担当し、山上兄弟としての色を出している。

 ナイツには大きな影響を受けている。数年前に落語芸術協会のファン感謝イベント「芸協らくご祭り」で、ナイツの目の前で漫才を行った。佳之介は「ナイツさんのことをヤフーで調べて…」と“ヤホー漫才”を披露。寄席の楽屋でもアドバイスを受ける。暁之進は「塙さんとは巨人と相撲の話しかしていません」と冗談混じりに語るものの、観客の年齢層などに応じてテンポや間の取り方を変えることを教えられた。

 将来的な目標はマルチなタレントになること。佳之介は「(大学で)演劇を勉強した。殺陣や日舞も学んだので、基礎はあると思う。そこで吸収したものを発散させたい」と俳優などの活動にも意欲を見せれば、暁之進も「MCをやったり、巨人戦で始球式をしたい」とマジックに固執しない活動を目指している。11日の「山の日」は佳之介の誕生日にちなみ「山上兄弟の日」として、東京・渋谷の東京カルチャーカルチャーでイベントを開催。翌12日には東京・新宿の京王プラザホテルでの食事付きイベントでイリュージョンを披露する。

 夢をかなえるために、寄席で研鑽の日々を積む。暁之進は「最近、父の舞台を寄席で見て、間の取り方とか勉強になりました」。佳之介も「“見せ方”ですね。父はそんなに大きくないけれど、寄席では大きく見える。自分たちは逆にそう見えない」と勉強の日々だ。

 笑うと一瞬、デビュー当時のあどけない表情の一端を見せるが、普段はクールで端正な顔立ちのイケメン・マジシャン。暁之進が「“山上兄弟”としてのスタイルを早く確立していきたい」と話せば、佳之介は「寄席ではマジックだけでなく、いろんな芸を見られる楽しい場所です。僕たちがうまくなっていく過程、姿を見てもらいたいです」と“寄席芸人”としての意気込みを語っている。(コンテンツ編集部・高柳 義人)