◆世界陸上第3日(6日、英ロンドン)

 【ロンドン6日=細野友司】マラソン男子で、今大会限りで日本代表の第一線から退く川内優輝(30)=埼玉県庁=が、2時間12分19秒で日本人最高の9位に入った。通算71度目のフルマラソンで終盤に猛追し、入賞(8位)まで3秒差に迫った。ジョフリー・キルイ(ケニア)が2時間8分27秒で優勝。中本健太郎(34)=安川電機=が10位、井上大仁(24)=MHPS=は26位だった。

 喜怒哀楽を超えていた。芯まで燃え尽きた川内の体は充足感に包まれていた。入賞までわずか3秒届かない9位。「8位に入れなかったけど、ようやく力が出せた。自分は精神的に弱い人間だけど、応援してもらえてここまで来られた」と涙を流した。ゴール後は四つんばいで突っ伏し、車いすに乗せられ退場した。過去70回のフルマラソンで何度もゴール後に医務室へ搬送された最強公務員らしい代表の引き際だった。

 最低限の目標として掲げた入賞圏内へ、必死の形相で挑んだ。18キロすぎに先頭から遅れ始め、23キロ付近にはつまずいてよろめいた。26・5キロの給水も失敗した。でも、諦めなかった。30キロ前後で沿道から「(今)17位!」の声が響く。ともに18位だった2011年大邱、13年モスクワ大会の無念がよみがえった。「17位とか18位とかは、もういい―」。31度目となった海外フルマラソン経験が腕を振らせ、脚を動かした。41キロで中本をかわし、9位まで粘り抜いた。「最低(目標)もいけなかったけど、出し切れた。(大邱以降の)6年は無駄じゃなかった」と笑った。

 自称「レース依存症」。毎週のように大会に参加して調整し、実業団の選手が中心の日本長距離界で常識破りのスタイルを貫いてきた。今大会には大邱大会からの練習日誌も持参。7冊のノートには、指導者がいない川内が自ら記したメニューやタイムが細かく記録されている。2度の100キロ走や月1度のフルマラソンで調整してきた今大会は「モスクワの頃と比べても、質量ともに大きく上回った練習ができている」と自信を深めた。

 日本陸連科学委員会の協力を得て汗の成分を調べ、発汗とともに鉄分が抜けやすい体質であると把握。貧血を防ぐため鉄分のサプリを飲んだ。1回あたりの給水量も、脱水がちだった過去の大会を踏まえ1・5倍増。昨年末に自費でコースの下見も行い「やるべきことはやれた」と胸を張った。

 母・美加さんによれば、後進に託す20年東京五輪は解説者としてかかわる構想も持っているという。代表の第一線は退いても、競技者として「これからもバンバン、マラソンを走っていく」。川内優輝は死ぬまで42・195キロと向き合い続ける。

 ◆川内 優輝(かわうち・ゆうき)1987年3月5日、東京・世田谷区生まれ。30歳。学習院大初の箱根駅伝ランナーとして関東学連選抜で2007年6区6位、09年6区3位。卒業後の09年に埼玉県庁入庁。11年大邱、13年モスクワ世界陸上マラソン代表(ともに18位)。自己ベストは2時間8分14秒。175センチ、62キロ。