◆第99回全国高校野球選手権第1日 ▽1回戦 済美10―4東筑(8日・甲子園)

 開幕戦を含む3試合が行われ、済美(愛媛)が、2014年に上甲正典元監督が67歳で亡くなって以降、初めての甲子園出場で初戦突破を決めた。降雨中断明けの5回、橋本圭介捕手(3年)が選手権大会での甲子園通算本塁打1500号となる3ランを放ち逆転。天国で見守る指揮官に白星をささげた。

 白球が左翼席へ飛び込むと、橋本は小さく右手を握りしめた。2―4から1点差に迫った5回2死一、三塁。7番打者が、3球目の直球を思い切り振り切った。試合を決める逆転3ラン。「うれしかったけど抑えました。相手への敬意を払って」と控えめに喜んだ。上甲元監督から中矢太監督(43)へ教え込まれたイズムが、しっかりと受け継がれていることを示した瞬間だった。

 上甲氏が亡くなってから初の甲子園。4回に逆転を許した直後の攻撃で、無死一塁から強い雨で1時間15分の中断。天が味方したような時間が流れを変えた。夏の甲子園球場通算1500号となる橋本の一撃で勢いに乗った打線は、10安打10得点で相手を圧倒。初出場初優勝を成し遂げた04年のセンバツをほうふつとさせる強打で初戦を突破した。

 04年春の決勝も、この日と同じく雨。午後4時開始予定だった試合は44分延び、大会史上初のナイター決戦となった。三塁手として初Vに貢献した田坂僚馬部長(30)は「当時は訳が分からないまま試合をしてた。今日は純粋に力がある」とナインの成長ぶりに目を細めた。

 現在の3年生は、エース・安楽(現・楽天)を軸に準優勝した13年春を見て同校に憧れた部員が多い。だが、翌年8月には部内でのいじめが発覚。1年間の対外試合禁止処分を受け、3年生は15年に入学しても8月までは練習試合すらできなかった。そうした環境に負けじと練習に励んできた姿に、中矢監督は「試合できないと分かっていて来てくれたので…。本当に良くやってくれた」と涙ながらにねぎらった。

 上甲氏から直接指導を受けた経験はない。それでも橋本は、中矢監督から聞かされた名将の言葉が強く印象に残っている。「日常生活をしっかりすることで、運がたまっていく」。以降、日々の掃除にも手を抜かずに取り組んだ積み重ねが、大舞台で大きな幸運となって戻ってきた。(種村 亮)

 ◆上甲 正典(じょうこう・まさのり)1947年6月24日、愛媛県出身。薬品店を営みながら、母校・宇和島東を率い、87年夏の甲子園に初出場。88年センバツで初出場初優勝。済美の監督に転じ、2004年春、福井(現広島)を擁し、再び初出場初優勝。同年夏は準優勝。2年生の安楽がエースの13年春も準優勝。同年秋から体調を崩し、14年9月に死去。選手を笑顔で迎える「上甲スマイル」で知られ、両校で春夏17度の甲子園出場。通算25勝は歴代24位タイ。