◆第99回全国高等学校野球選手権大会第2日 ▽1回戦 前橋育英12─5山梨学院(9日・甲子園)

 前橋育英(群馬)の主将・飯島大夢(ひろむ)三塁手(3年)が、左手首骨折を抱えながら、左中間席にダメ押し弾を放り込んだ。痛みをこらえ、山梨学院戦に4番で強行出場し、右手頼みのスイングで7回に一発。初回には先制の左前適時打を放つなど3安打3打点で春夏連続の初戦突破。夏はエース・高橋光成(現西武)を擁し、初出場初優勝した2013年以来の1勝を気迫でもぎ取った。

 男気があふれた。「左手はほとんど使えないけど、右手で押し込んだ」。6点リードの7回先頭。前橋育英の4番・飯島は真ん中高め直球をほぼ右手一本で、左中間席へ運んだ。高校通算18号はダメ押しソロ。「左腕全体がしびれた」とダイヤモンドを回りながら、顔をゆがめたが「甲子園という舞台で打ててうれしい」。群馬勢では春夏通じて初の1試合3本塁打のトリを飾り、高橋光成(現西武)を擁して全国制覇した13年以来の初戦突破を決めた。

 今年5月22日の関東大会準々決勝(浦和学院戦)で左手首に死球を受け、骨折。全治5週間の診断を受けた。エックス線写真に写る骨はいつまでたってもくっつかず「行くと(野球は)駄目と言われる」という理由から病院通いをやめた。群馬大会までに完治せず、4試合に出場も打点を挙げることができなかった。

 8日に2週間ぶりの打撃練習に臨んだが、山なりの球を約10球打ったところで痛み、練習を中止。荒井直樹監督(52)は出場させるか悩んだが、「出たい」と志願し、左手首に衝撃を軽減させるスポンジを巻いてテーピングで補強し、サポーターで固定した。さらに痛み止めを飲んで、強行出場。指揮官は「右手と左手の間を少し開けて打ったらどうだ。痛みが軽減できるぞ」とアドバイス。指2本分空けることで衝撃は和らぐが打ちづらさは増す。だが、初回1死一、三塁で先制の左前適時打など、3安打3打点と大暴れ。最高の結果で感謝の意を示し「監督さんが一番喜んでくれた」と笑みを浮かべた。

 主将の奮闘に導かれるように、チームは12得点で快勝。大技だけでなく、自慢の機動力も光り、丸山和郁の4盗塁を含めて計8盗塁。指揮官も「足を絡めて相手を崩せた。3本塁打は初めて」と目を細めた。迫力、機動力を兼ね備える打線を率いる手負いの飯島は「この仲間で日本一になりたい」と2度目の頂点を見据えた。(大野 隼斗)

 ◆甲子園での“骨折弾” 早実・清宮幸太郎が15年夏の準々決勝(九州国際大付戦)の初回で内角球に詰まり、左手親指を痛めたが、4回の第2打席で1年生初の2戦連発となるソロを右翼ポール際に叩き込んだ。秋の大会を終え、冬に病院に行くと、骨折が判明。父でラグビー・ヤマハ発動機監督の克幸氏がラジオ番組で告白した。

 飯島 大夢(いいじま・ひろむ)  ★生まれとサイズ 1999年6月29日、群馬・館林市生まれ。18歳。185センチ、82キロ。右投右打。胸囲は95センチ。  ★球歴 小学1年から渡瀬クラブで投手兼遊撃手で野球を始め、中学時代は館林ボーイズで関東大会で8強。前橋育英では2年春の関東大会からベンチ入り。昨夏は背番号5で甲子園に出場し、初戦敗退も2安打2打点。今春センバツにも出場。  ★家族構成 父、兄。父・公男さんは1986年の春に関東学園大付(群馬)でセンバツに出場。  ★スポーツ歴 小学2年から6年まで水泳。  ★好きな言葉 執念。  ★将来の夢 プロ野球選手。