◆第99回全国高等学校野球選手権大会第3日 ▽1回戦 聖光学院6─0おかやま山陽(10日・甲子園)

 甲子園初勝利には届かなかったが、異色の経歴で大切なものを伝えた。春夏通じて初出場のおかやま山陽は5安打完封負け。堤尚彦監督(46)は「秋春と(県で)ベスト16の弱いチームでしたし、甲子園に連れて来てもらってうれしい」とナインをねぎらい、涙を拭った。

 1995年に青年海外協力隊員としてアフリカへ赴任。ジンバブエなどで子どもたちに野球を教えた。野球人口の拡大の思いを込めて、計27か国に用具を贈ってきた。五輪競技としての存続など野球の50年先を見据えている。「向こうの子は生きるか死ぬかの毎日」という約20年間の海外経験から、2006年に監督就任したおかやま山陽でも野球をやれる喜びを伝えた。

 今も年2回、同校の選手が使ったグラブを多い時は100個もアフリカなどに寄付している。お礼の手紙や写真をもらい、ジンバブエの子どもたちはネットで同校の活躍を楽しみにチェックしている。マット運動など野球以外の動作で体を鍛える独特の指導が実を結び、就任12年目で初の甲子園にたどり着いた。

 背番号10の大江海成は、先発で3回2/3、4失点KOと涙をのんだが「大舞台でやれて楽しかった。この経験は一生の宝物」と野球の楽しさをかみ締め、「こういう活動は自慢であり、誇りです」と約1万3000キロ離れた国の“球児”との絆を胸に72球に魂を込めた。

 堤監督の影響で青年海外協力隊に入ったOBもおり、教員を志す現部員にも就職前の入隊を勧めている。「(活動を)知ってもらうために、また帰ってくる。今度は勝ちたい」。次は異色の経歴に甲子園1勝を刻む。(浜田 洋平)

 ◆堤 尚彦(つつみ・なおひこ)1971年7月26日、兵庫・加東市生まれ。46歳。都立千歳高(現芦花高)で主将を務め、東北福祉大では外野手。95年に青年海外協力隊でアフリカに赴任し、野球の普及活動に尽力。U―15、17のジンバブエ代表監督を務めた。2000年シドニー五輪の予選でガーナ代表、04年アテネ五輪の予選でインドネシア代表のコーチを歴任。06年4月におかやま山陽監督就任。社会科教諭。