巨人の阿部慎之助内野手(38)の2000安打達成に、北海道遠征時に必ず訪れるススキノの居酒屋「ろばた大助(おおすけ)本店」の大島昌充社長(64)から13日、お祝いのコメントが届いた。阿部が初めて同店を訪れて以来15年の付き合いで、本人から「札幌の父」と慕われる名物オヤジ。偉業に隠された普段の阿部の人柄など、その魅力を存分に語ってもらった。

 2000安打の記念すべき日。「札幌の父」大島さんは広島へと足を運び、球場でその雄姿を見届けた。「彼が持つ繊細さ、真っすぐさ、そして支える周囲の心が入った2000本安打だったと思います」。目の前で達成された偉業に声を弾ませた。

 出会いは02年だった。「忘れもしないよ、3月8日。打撃コーチの内田(順三)さんに連れられてきたんだよ。当時細くてシャイだった印象が残っているんですが、真っすぐで素晴らしいヤツなのはすぐ分かった」。大島さんのほれ込みようはすさまじく、3年後に阿部の後援会に入会。今では副会長を務めている。

 5年前、大島さんは大病を患った。検査で脳動脈瘤(りゅう)と診断され、手術を受けた。すると手術翌日に、阿部がわざわざ札幌まで見舞いに訪れた。

 大島さんは当時のことを「アイツ、俺用に用意されていた水とか全部飲んで帰りやがった!」と苦笑い。「それでも『元気じゃ〜ん』って明るく話してくれたことに救われましたよ」と振り返る。楽しいやりとりのなか「死ぬかと思った…」とポツリ漏らされた言葉。心にジンときた。「とにかく優しいよね。あんな忙しいなかでも、私のことを心配してくれるんだから」。

とにかく優しい 人柄については「繊細で、周囲を気遣い、よく気が利く。出会って15年、その印象はずっと変わらない」と絶賛する。「例えば、チームに新しく入団してきた外国人選手、全員ウチの店に連れてくるのよ。溶け込ませようと心を砕いているんでしょうね」。晩年はケガとの闘い。それでも大島さんの前で愚痴や弱音を吐くことは一切なかった。「大リーグ、行くの?」という直球質問にも「ない、ない」と正直に話してくれた。

 ウニが苦手だった阿部だったが、大島さんのおかげで克服。今では1回2パックを大食いするほどの好物になった。まさに阿部にとっては父親的存在だ。「でもね、私自身のノリは親戚のオジサン。今後も野球に関わっていくと思うんですが、オジサンとしてその生きざまを見届けるのが楽しみでしょうがない」。2000安打は通過点。大島さんは、これからの野球人生に注目している。