巨人・阿部が史上49人目の2000安打を達成した。王手をかけて迎えた広島戦、3打席無安打で迎えた9回1死からの第4打席。今村から鮮やかなライナーで右前に運び、プロ17年目で金字塔を打ち立てた。巨人の生え抜き選手としては、80年の柴田勲以来37年ぶり5人目の大台到達だ。02年から計12年間、慎之助を叱咤(しった)激励してきた原辰徳前監督(59)は、希望を持ち続けてグラウンドに立つ姿の重要性を自らも学んだと語った。

 慎之助との出会いは、私がヘッドコーチだった01年だった。素晴らしい捕手が入団すると聞いていて、2月の春季キャンプを非常に楽しみにしていたのを思い出す。前年の00年にチームは日本一を達成したが、キャンプ、オープン戦での動きを見て、慎之助を正捕手として育てなければ、という思いは強くなった。

 長嶋監督に私の率直な気持ちを打ち明けた。「阿部慎之助は将来、チームをしょって立つ選手になると思いますし、私もそのつもりで彼を育てます。従ってひとつ、お願いがあります。開幕からスタメンで使ってください」とお願いした。長嶋監督は何も言わずにうなずいてくださって、「それでいこう」と言ってくれた。

 阿部慎之助はどんな選手か、と問われることがある。コーチとして監督として彼と接してきたが、野球が大好きな野球少年の時の気持ちをいつも忘れない選手だと思っていた。

 1年目の時にミスをして負けた時、遠征先のホテルの部屋を散らかして怒りをぶつけることもあったそうだ。ただ、次の日になったら明るく野球に取り組む姿勢にタフさを感じた。鍛えがいのある選手。勝つことが全てで負けず嫌い。悲壮感がなく、希望を持ち続けてグラウンドに立つその姿は、監督だった私も「こうでなくちゃいけない」と学ばせてもらった。

 4番は孤独で、経験した者にしか分からない独特なものだ。私は12年から本格的に慎之助を4番で起用したが、本当は打たせたくなかった。捕手、キャプテンに加えて4番まで託すのは酷だとも考えたが、「今のチームは阿部慎之助のチームだ」と判断し、三足のわらじを履かせた。

 技術、メンタル、体調管理でもいろいろと苦労はしていることだろう。だが、彼自身が今のように前向きであるなら、野球が好きだという気持ちが一番前に来るなら、まだまだ頑張れると信じている。