◆W杯スキー(10日)

 ジャンプ男子はノルウェーのオスロで個人第23戦(ヒルサイズ=HS134メートル)が行われ、小林陵侑(22)=土屋ホーム=が同種目の日本勢初となるW杯個人総合制覇を決めた。127メートル、126メートルの合計250・1点で5位となり、5戦を残して総合2位のストッフ(ポーランド)に逆転される可能性がなくなった。日本勢のスキーW杯個人総合制覇は2018年複合の渡部暁斗(30)=北野建設=に続き4人目。伝統のジャンプ週間で史上3人目の4戦全勝Vを飾ったエースが、悲願を達成した。

 重圧とは無縁だ。陵侑は2回目、有利な向かい風が弱まる悪条件でも126メートルまで伸ばした。総合Vを争うストッフは、好飛躍の目安となるK点に3メートル届かず失速していた。「(総合優勝は)全く気にしていない。自分がどんなジャンプをできるか楽しみ」と気負いなく臨んだ言葉通り、日本男子初の栄冠をたぐり寄せた。

 1979年に始まったジャンプW杯。北欧やドイツ、オーストリアに強豪が多く、陵侑は初の欧州勢以外の総合王者となった。97―98年に日本男子歴代最高の2位となり、五輪で2個、世界選手権でも1個の金メダルを手にした船木和喜は、「総合優勝は運だけで取れるものではない。僕にとっては五輪以上の価値がある」と力説する。4か月の長丁場。開催地も札幌大会2戦以外は全て欧州。移動の負担、食事の違い、さらに一時帰国を挟めば時差調整も。さまざまなハンデをはねのけ勝ち取った勲章だ。

 今季23戦11勝、表彰台は16度。脳波トレーニングで心を操る力が、大きな転機になった。脳の中で筋肉や神経を司る「体性感覚連合野」が人並み外れて鋭く、繊細なジャンプ感覚を持てている。ただ、大きな欠点もあった。担当の林愛理さん(日本脳波トレーニング協会理事)は、「脳から見ても彼の才能は飛び抜けている。感覚の鋭さを生かすにあたって障壁となったのが、緊張など気持ちの部分。元々持つ才能を半減させていた」と明かした。

 昨年5月の宮古島合宿。練習の合間を縫って林さんと緊張を抑える訓練に打ち込んだ。脳波測定器をかぶり、緊張しない脳波が出れば音が鳴るの繰り返し。緊張しないためにどんな心で、何を考えればよいかを蓄積した。「本人と私とで試合中の気持ちの動きを話しながら測った。昨夏ごろから脳波で見ても緊張しづらくなっている」と林さん。陵侑も「戦える気持ちになったのは確か」。脳波トレを導入した土屋ホーム選手兼任監督の葛西紀明(46)も、「大きく成長した。こんなに違いが出たので、僕も今季からやろうと思う」というほどだ。

 歴史は塗り替えた。葛西も「今回の総合優勝は、日本人選手の明るい未来をひらいていくものだと思う。スキージャンプが、よりメジャーになっていくきっかけにもなるんじゃないかな」と、意義を強調した。2021年世界選手権、22年北京五輪でも金メダルの有力候補だ。たった2季前、出場した17戦でW杯得点を1点も獲得できなかった男が、世界の一時代を築いた。

 ◆ジャンプW杯個人総合 例年、11月後半から3月末まで欧州を中心に25試合前後実施。総合優勝は個人戦で30位までに与えられるW杯得点の合計で争う。優勝100点、2位80点、3位60点…30位1点と順位に応じて獲得。優勝者には地球をかたどったクリスタルトロフィーが贈られる。

 ◆小林 陵侑(こばやし・りょうゆう)1996年11月8日、岩手・八幡平市生まれ。22歳。柏台小1年からジャンプを始め、盛岡中央高2年の2014年に国体複合優勝。土屋ホーム入りした15年からジャンプに専念。五輪は18年平昌大会で初出場し個人ノーマルヒル7位、ラージヒル10位。今季は昨年11月のW杯個人第2戦でW杯初勝利を挙げ、伝統のジャンプ週間で史上3人目の4戦全勝優勝。兄の潤志郎はW杯1勝で、姉の諭果と弟の龍尚もジャンプ選手。173センチ、60キロ。