国際オリンピック委員会(IOC)は21日、都内で総会を開き、2032年夏季五輪・パラリンピックの開催地にオーストラリア東部のブリスベンを正式に決めた。オーストラリアでの五輪開催は、56年メルボルン、00年シドニーに続き3度目。理事会が提案した唯一の候補で、IOC委員による信任投票を得て承認された。

 総会後、IOCと招致都市による記者会見が行われ、クイーンズランド州のパナシェ州知事は「これからクイーンズランドの黄金時代を迎えることになる。今晩は我々の勝利」と勝利宣言。

 ブリスベンのシュネル市長は「世界最大のスポーツ大会をホストできてうれしい。長い間やりたいと、80年代に92年の招致を試みたが、バルセロナが勝利を得た。中規模な都市だが、それが実現できてうれしい。大きな変化をもたらす第一歩、10年にわたる旅路の一歩になる」と語った。

 開催都市の招致を巡っては手を挙げることに尻込みする候補地が増えていた。この冷え込みを受けて、IOCでは19年に選定方法を大幅に変更。東京が13年のブエノスアイレス総会でイスタンブール、マドリードと争い2020大会招致を勝ち取ったような、複数都市を競わせてIOC委員の投票で選定する従来の方式は撤廃された。

 以降は開催都市候補と個別に対話しながら、有力都市を早期に絞り込む方策を取り、原則7年前決定の規定を撤廃。2017年には、24年パリ、28年ロサンゼルスの開催都市が同時決定していた。

 3大会連続で信任投票で開催都市が決定。記者会見では海外メディアから「既成の事実ではないと言っているが、投票前から東京の組織委からプレスリリース、ブリスベンをお祝いするというのがあった(ブリスベンの正式決定前にリリースされた橋本聖子会長による談話)。反対票は少なかったというが、内容を精査しないで承認したのか」との質問が飛びだした。

 IOCのバッハ会長は「東京大会組織委からプレスリリースが出たからと言って、IOCが責めることはできない。第三者の行動とは関係ないことだ」と説明した。

 準備期間は従来の7年から10年にも延びた。東京大会がコロナ禍の影響を受け史上初の1年延期となったことを受け、「ブリスベンに災害が起きた場合はどうするのか」との質問も出た。パナシェ州知事は「コロナ禍という状況は我々も共有している。我々は大好きなスポーツの促進を行ってきたし、コロナ下でのスポーツの安全な対策を取ってきた」と話した。

 IOC理事で、東京大会の調整委員長を務め、オーストラリア五輪委員会の会長も兼務するコーツ氏は「(クイーンズランド州では)洪水の被害もあったり、山火事の被害もあった。東京が対応しなければならないパンデミックではないが、32年五輪は政府、市、州、政府、与野党が支持する。確信を持って五輪の価値を尊重してくれて、対応してくれると思う」と語った。