終戦直後の留萌沖で引き揚げ船3隻が旧ソ連軍潜水艦の攻撃を受け、約1700人が犠牲となった「三船遭難事件」について、事件で生き残った札幌市東区の稲村和雄さん(88)が2日、白石区の上白石小ミニ児童館で体験を語った。

 三船遭難事件は1945年8月22日、樺太(サハリン)から小樽に向かっていた緊急疎開船3隻が、留萌周辺の沖合で、旧ソ連軍の潜水艦から魚雷などの攻撃を受けた。2隻が沈没、稲村さんが乗っていた第2新興丸は大破し、船体を傾けながら留萌港に避難した。

 稲村さんは、上白石小の児童約30人を前に、当時の状況を伝えようと約3カ月かけて自作した紙芝居を初めて披露。攻撃で死んだ母親にすがりつく子供や、脱出用の船が傾いて海に落ちる人など、船で目の当たりにした惨劇を振り返った。