戦後、サハリン(樺太)から引き揚げてきた人が多く住み、かつて「樺太団地」とも呼ばれた札幌市北区北24条周辺の市営住宅が、老朽化による取り壊しで姿を消しつつある。かつて23棟あった建物は現在3棟まで減り、年内には1棟のみとなる見通し。引き揚げ者の多くは別の土地に移ったり、亡くなったりして少なくなったが、元住民らは、まちの歴史を語る建物の最後を惜しんでいる。

 この地区の発展は、戦後間もない1948年ごろから建設された引き揚げ者住宅が原点だ。辺りは舗装路もない湿地で、住民たちはぬかるむ道を夏でもゴム長靴で歩いたという。49年には市内で戦後最初の町内会「北札幌振興会」を発足。「たすけあい金庫」をつくり、生活に困る会員に無利子無担保で金を貸し出すなど地域を支えた。

 引き揚げ者住宅は61年から順次建て替えられ、引き揚げ者以外も住むことができる市営住宅「幌北団地」となったが、継続して住む人も多く「樺太団地」と呼ぶ人もいた。主に鉄筋コンクリート造3階建てで、23棟に約400戸が入居。2006年になると樺太団地も老朽化に伴う取り壊しが始まり、住民は、付近に建て替えられた市営住宅か、他地域へ移転した。