昨年の能登半島地震発生後、奥能登4市町へ移住した人は少なくとも43人に上ることが1日、北國新聞社のまとめで分かった。震災と豪雨の二重被災に苦しむ奥能登の「力になりたい」という人が多く、ゆかりのない土地で起業を目指す若者もいる。人口流出が続く被災地に居場所を見いだした人々は、貴重な働き手や復旧・復興の担い手として地域で存在感を放ち始めている。

 震災後の移住者数を市町別でみると、能登町が20人(3月末時点)、珠洲市が16人(2月末時点)、穴水町は7人(3月末時点)だった。輪島市は移住者を把握できていない。

 能登町によると、移住者の多くは、町内を拠点として活動する災害復旧ボランティア団体の関係者だ。町定住促進協議会の担当者は「住民票を能登町に置き、地域に根付いて復興を手伝いたいという人が多いのではないか」と推測した。

 珠洲市へ移り住んだ16人のうち4人は、事業者の人手不足解消を目的に設立された「市特定地域づくり事業協同組合」に登録している。同組合は、登録者に就労日時や時期をずらして複数の職を紹介し、掛け持ちで生計を立てる「マルチワーク」を支援しており、自由な働き方に引かれて移り住む若者もいるという。

 組合事務局の馬場千遥さん(33)=奈良市出身=も移住者。5月には新たに3人が移ってくる予定で、空き家を改装したシェアハウスの準備も進めている。

 奥能登での起業を目指し、2月には北村優斗さん(22)=長野市出身=と笠原美怜さん(20)=あわら市出身=が珠洲へ移住。ホームステイ仲介業を目指す笠原さんは「出会った人みんなが温かい。珠洲のために何かしたい」と話す。市の移住政策担当者によると、奥能登国際芸術祭で珠洲に魅力を感じた人が移り住むケースもあるという。

 穴水町では、移住支援制度を利用して引っ越してきた7人のうち奥能登他市町からの転居が4人で、「自宅が壊れ、穴水町で家を探した」という人もいた。

 市内企業への就職を移住支援の条件とする輪島市では震災後、制度利用者がおらず、移住者を集計できていない。震災前は例年30人前後が利用していた。県立輪島漆芸技術研修所の研修生は移住者集計の対象外で、市の担当者は「住民票を移さずに輪島へ移った人なども考えられ、実際には移住者がいるだろう」(まちづくり推進課)とみている。